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第4話 不躾な妻作戦

 苦茶作戦は、私が不本意な醜態を晒すことになってしまった。

 けれど、それが少し効果があったのかもしれない。

 シオン様は、もうお茶は淹れなくていいと言った。


 言われた時は少し驚いてしまった。

 いつもなら、また淹れてね、なんてお世辞のひとつでも言っていただろう。

 そういうことをサラッと言う人だ。

 それなのに、淹れなくていいなんて否定的なことを口にしたということは、それだけあのお茶と私の失態がひどかったということ。


「でも、さすがにそれだけで離縁されることはないか……」


 あれからも変わらず当たり障りのない気遣いをしてくれているので、まだ離縁を告げられることはないのだろう。


 ――コンコンコン

 

 部屋のドアがノックされる。

 返事をするとシオン様が入ってきた。


「ティア、準備はできた?」

「はい。すぐに出られます」

「じゃあ行こうか」


 今日は、月に一度の領地視察へ向かう日。

 公爵家の領地ということもあり、王都から比較的近いところにある。

 馬を走らせて夕刻には着く。

 翌日に一日視察をして、その翌日に帰ってくるというのがいつもの日程だ。


 いつものことなので、行くのは私とシオン様だけ。

 支えられながら馬に乗り、私の後ろに包み込むようにしてシオン様が跨る。


 唯一、私たちが密着する時間。

 何度経験してもこの時間が慣れることはない。


「ティア、体はつらくないか?」

「大丈夫です」


 体は大丈夫だけれど、心臓が大丈夫ではない。

 シオン様が後ろでよかった。

 

 途中休憩をしながら、予定通り夕刻に着いた。

 ちょうど農作業を終えた領民たちが帰り支度をしているところで、笑顔で迎えてくれる。


「ティア様だー!」

「ティア様、先日いただいた新しい肥料とっても良かったです!」

「今日収穫したばかりの野菜があるのでたくさん食べてくださいね!」


 ここの人たちはみんなとても明るく、生き生きとしていて、グラーツ領の作物をとても愛している。


「みなさん、ありがとう。夕食にいただきますね」


 馬に乗ったままゆっくりと領地を歩き、邸宅へと向かう。


「あ、シオン様もいらっしゃーい」


 手を振られたので振り返すシオン様。でもどこか不満そうだ。


「も、ってどういうこと? 僕が当主なんだけどな。ティアの方が人気みたいだね」


 もしかして、拗ねてる?

 シオン様を差し置いて、私ばかり声をかけられたことが気に障ったのだろうか。

 だったら申し訳ない。


 でも……これはいいかもしれない。


 翌朝、視察のために農園を訪れた。

 先月に改良した新しい肥料を渡していたのでまずはその肥料を使った畑を見に行く。

 はじめに来たのはボウブラの畑。少しふくよかでおおらかな女性が育てている。


「成長速度に大きな変化はありませんでしたが、実がとても詰まっていて、甘味も増しました」

「良かったです。成長速度はもう少し早めたいとかはありますか?」

「それは問題ありません。ボウブラが売れるのはこれからの季節ですし、出荷のことを考えるとちょうどいいです」

「なるほど。他に気になることはありませんか?」

「ボウブラではないのですが……」


 隣にあるビーツの畑で問題があるそうだ。

 私たちは隣の畑へと移動することにした。


 するとシオン様が私の後ろでぼそりと呟く。


「僕がいなくてもティアだけで領地経営できそうだ……」


 そんなことありませんよ。

 私は植物について研究しているだけ。

 領地経営は領民の暮らしや財政管理など、大変なことがたくさんある。それらを全て行っているシオン様は本当にすごいです。


 そう心の中で讃えるけれど、口にはしない。


 だってこれは、当主より前に出るなんて、なんて不躾な妻なんだ! と思わせる作戦なのだから。


 ビーツの畑に着き、いくつか収穫したものを見せてもらった。


「なんだか、白っぽいですね」


 ビーツ特有の赤みがほとんどなくなっていた。この、色味こそが栄養の元なのにそれが失われている。


「甘味は増したんですけど……」

「これではいけませんね。とりあえず新しい肥料は使わないようにして、以前の肥料に戻しましょう。また、ビーツに合った肥料を改良してみます」


 いったん肥料問題は置いておくとして、これでは商品にならない。

 私はまだ植えたばかりの畝へと行き、成長魔法をかける。

 するとあっという間に芽が出て、葉が伸び、根の頭が見えてきた。


「いつ見てもすごい力ですねぇ」


 こうやって私が全ての作物に魔法をかけていけば早いのだけれど、そういうわけにもいかない。

 だから、いつでもどこでも誰でも使える肥料の研究をはじめた。


 たまにこういった問題も起こるけれど、完璧じゃないからこそもっと良いものを作りたいという意欲になる。


 私は成長したビーツを抜き取り、袖で土を綺麗に拭き取ってから一口シャキッと噛んでみる。


「うん、味も問題ありませんし、明日の出荷分はこれで大丈夫だと思います」

「はは、丸かじりするなんてティア様さすがですねぇ!」


 女性は大口を開けて可笑しそうに笑う。


「ええ?! おかしかったですか?」

「おかしくないですよ。公爵家にお嫁に来られたのがティア様で本当に良かったと私たちいつも話してるんですよ」

「そうなのですか? それは嬉しいです」

「シオン様もいい人を見初めましたねぇ」


 いきなり話を振られたシオン様は戸惑っていた。

 別に見初めていないのだから、返答に困るよね。

 それに、作戦のために張り切っていたとはいえ、先ほどから私ばかり褒められてちょっと悪い気もする。


「ああ、そうだ――」


 ここはちゃんと、私が否定しておかないと。

 

「シオン様が私を見初めたわけではないのですよ。私は前当主様に力を買われてグラーツ家に来たのです」

「あら、そうだったのですね。てっきりシオン様が求婚したのかと」

「親が決める結婚はよくあることですので。ですが、私もグラーツ家に来られて良かったと思っています」


 しっかりフォローしたつもりだったけれど、シオン様は納得のいかない表情をしていた。

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