第21話 観劇
私とシオン様は今、ユリウス様の邸宅に来ている。
王都に戻った際にはお礼をする、という約束を果たすからと呼ばれたのだ。
客間に通された私たちは、ユリウス様から大きな籠を渡された。
「ジーク領で採れた野菜です。グラーツ家の野菜には劣りますが、ティアさんのおかげで良いものができていると思います」
「とても質の良い野菜ですね。食べるのが楽しみです」
「領地改革が上手くいっているようでなにより」
「ティアさんのおかげで畑だけでなく領民たちにも活気がでてきて、本当に感謝しています」
持って帰ったら料理長にこの野菜を使った料理を作ってもらうことにした。
「それと、ティアさんにお願いしていた件なのですが」
「肥料のことですよね。私はかまいません。シオン様もよろしいですか?」
「ああ、それはティアの好きにしてくれたらいいよ」
私が作っている肥料をユリウス様に販売することになった。
これは、ジーク領のためでもあるが、私自身のためでもある。
今後、シオン様と離縁したときに、実家に戻ってすねかじり生活をするわけにはいかない。
肥料の販売で生計を立てられたらいいなと思っている。これはその先駆けになるはず。
なんてことはシオン様には言えないけれど。
「今後ともお付き合いよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします」
作物の肥料だけじゃなくて、ジーク領の件で土壌改良に使える堆肥も作れることがわかったので、仕事の幅が広がりそうだ。
「あと、お礼と言ってはなんですが、よければこれをどうぞ」
ユリウス様は一枚の封筒を差し出してきた。
中を見てみるとそこには、二枚の招待状が入っていた。
「これは人気すぎてなかなか手に入らないと言われている歌劇の招待状では?!」
「実はここの館長と知り合いで、二席用意してもらったんです」
「一度観てみたいと思っていたんです。嬉しいです。ありがとうございます」
「喜んでいただけて良かったです」
まさかこんなお礼をいただけるとは思っていなかった。
ユリウス様、とても粋なことをしてくださる。
その後、少しだけお仕事の話をして帰ることになった。
ジーク領の領地改革も上手くいっているようだし、お礼に素敵なものをいただいて良い気分で帰っていたけれど、ひとつ気になることがある。
「シオン様、歌劇はお好きではないですか?」
招待状をもらったとき、嬉しくて一人はしゃいでしまったけれど、シオン様はあまり嬉しそうではなかった。
やはり男性はこういったものはあまり興味がないのだろうか。
「好きではないというか、観たことがないからわからないかな」
「私は幼い頃に一度だけ家族と観たのですが、とても感動したのを覚えています」
「そうなんだ。それは楽しみだね」
良かった。楽しみだと思ってくれているみたいで安心した。
そして数日後、私たちは劇場へと足を運んだ。
観客席には、やはりというか、貴族ばかりでとても崇高な雰囲気で溢れていた。
「なんだか、緊張しますね」
「どうしてティアが緊張するの」
シオン様は初めての観劇とは思えないほど落ち着いている。
席に着いてしばらくするとと明かりが消え、幕が上がった。
重厚な楽器の音色が響き、煌びやかな演者さんたちが出てくる。
演技とは思えないほど感情的で情熱的な物語が目の前で繰り広げられ、要所で歌われるオペラに全身が引き込まれるようだった。
物語が終盤を迎える頃、私は涙を流していた。
身分差がありながらも恋に落ちる男女。想い合いながらも家のために仕方なく別の女性を妻に迎える主人公だったが、相手に嫉妬された女性は主人公の妻に殺されてしまう。
悲しみにくれた主人公は自ら命を絶ってしまった。
そして最後、亡くなった二人は空の上で手を繋ぎ微笑み合っている、という悲しくも考えさせられる物語だった。
愛とは時に、命まで奪ってしまうものなのだと。
「悲しい物語だったね」
シオン様は、涙を流す私の手をそっと握ってくれる。
「どうして、愛し合う者同士が結ばれることができないのでしょうかね」
「そうだね……」
私の言葉にシオン様は苦し気な表情をする。
彼らの気持ちが理解できるのだろうか。
誰かを殺めたり、自ら命を絶ったり、そんなに深く重い愛を私は知らない。
でも、もしかしたらシオン様は……
「私はいつでも、シオン様の味方ですからね」
「急にどうしたの? でもありがとう。僕もいつもティアの味方だよ」
「ありがとうございます。なんだか感傷に浸ってしまいましたが、とても素晴らしい歌劇でしたね」
「うん。人気なのも納得だよ」
感想を言い合いながら劇場を出ようとしていたとき、一人の女性が私たちの前で足を止めた。
この人は以前シオン様に協力を求めていた、クラウド様のお見合い相手だ。彼女も、観劇していたんだ。
すると突然、頭を下げてきた。
「シオン様、先日はご迷惑をおかけしてすみませんでした。奥様にも失礼なことをしたと思っています。申し訳ありません」
「いえ、そんな。私は気にしていませんので顔を上げてください」
彼女の顔には生気がなく、憔悴している様子だ。
お見合いは断られたようだし、気を病んでいるのだろうか。
でも、わざわざ私たちに謝ってくるなんて、律儀な人なんだな。
「あなたに良い出会いがるよう願っております」
シオン様も丁寧に頭を下げ通り過ぎようとしたその時、急に鋭い視線を感じた。
「あなたのせいよ。あなたがいなければ結婚できたはずなのに。協力してくれるって言ったじゃない!」
女性の狂気的な叫びに、咄嗟にシオン様の前に出る。
その瞬間、腹部に鈍痛が走る。息が詰まり、全身が締め付けられるような感覚になる。お腹からはドロッとした赤い血が溢れ出ていた。
「ティア!」
シオン様が焦った表情で私を見ているけれど、その後すぐに目の前が真っ暗になり、私は意識を手放した。




