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第1話 大切な人の幸せのために

 ――私の旦那様には、愛している人がいる。



 朝、窓から差し込む朝日で目が覚める。

 でも、まだ目は開けない。いや、うっすらとだけ開けておく。


 艶やかなブロンドの髪に、白い肌に長いまつ毛。

 隣で眠るシオン様の美しい寝顔を拝みながら、寝たふりを決め込む。

 

 しばらくすると、シオン様はそっと起きだし、隣にいる私のことは一切気にすることもなく、身支度を整えていく。

 

 グラーツ公爵家の嫡男シオン様と結婚して三年、私たちは白い結婚を貫いている。

 彼は私のことなんて愛していない。

 親が決めた相手とただ結婚しただけ。


 表面上は取り繕った関係を続けている。

 けれど、彼が指一本触れてくることはないし、私のすることに何も言わなければ、夫婦らしいことをしたこともない。

 

 でも、私はそれで十分満足している。


 シオン様が部屋から出て行ったことを確認すると、私も起き上がり、窓際へ移動する。

 そして、カーテンの隙間から中庭を覗く。

 

 シオン様は毎朝、剣術の稽古を欠かさない。

 広大な土地を持つ公爵家の領地経営で忙しい中、体が資本だからと鍛え続けているのだ。


 するとそこに、シオン様の幼馴染であり、騎士団長であるクラウド様がやってきた。黒髪の短髪に、背が高く筋肉質な身体。


 お二人は無邪気な笑顔で挨拶を交わすと、いつものように剣を振るう。

 真剣に、そして楽しそうに汗を流す。


 クラウド様もお仕事が忙しいというのに、毎朝こうして公爵家へ通い、シオン様のお付き合いをしている。本当にお二人が相思相愛だということがうかがえる。


「あっ、シオン様……」


 毎日稽古をしているとはいえ、騎士団長のクラウド様にはかなわず、膝をつく。

 

 クラウド様はそっと手を差し出し、シオン様は額の汗を拭いながら手を取った。

 そして力強く引き上げ――抱きとめた。


「はああああ。なんて美しい光景なのでしょう」


 こうして見ているとクラウド様はまるで、シオン様だけの騎士(ナイト)のようだ。


「はぁ……尊い」


 私はお二人の様子を近くで見られるだけで幸せだ。


 実は、学園時代から私はお二人のことをずっと見ていた。


 初めて見たときは、ひどく驚いたことを覚えている。


 頭脳明晰、美しい容姿に公爵家の跡取りであるシオン様は学園でもとても人気だった。

 かく言う私も少し憧れていたりなんかもしていた。

 けれど、シオン様は婚約者もいなければ女性との噂も聞かない。


 そして、気付いた。誰もお二人の間に入る隙なんてないことが。


 仲が良いことは周知の事実だったけれど、愛し合っていると確信したのはお二人の様子が気になってずっと観察していたから。


 お昼休み校舎裏で並んでお昼寝をしているところも、シオン様にしつこく付きまとうご令嬢からクラウド様が助けたところも、木陰で頬を寄せ合っていたところも……。


 お互いを思い合っていると気付いた時、こんなに尊い関係があるものなのかと衝撃を受けた。

 それから密かにお二人のことを応援していた。


 まさか私がシオン様と結婚してこんなに間近で拝めるようになるなんて思ってもいなかったけれど。


 たとえ私が愛されなくても、愛し合う二人を見ているだけでこの家に嫁いできて良かったと思えた。


 けれど、そんな幸せな生活も、もう終わりにしようと思っている。


 先月、シオン様のお父様であるグラーツ公爵が亡くなった。

 後を継いだシオン様が公爵家当主になり、領地経営に奔走している。

 お母様は幼い頃に亡くなっているため、今は公爵家の仕事を一身に背負っているのだ。


 元々、私たちの結婚はグラーツ公爵が決めたものだった。

 公爵が亡くなり、シオン様が当主になった今、だれも文句を言う人間はいない。


 私と離縁し、愛する人と共に生きることを。


 けれど、シオン様はきっと自分から離縁を言い出せないだろう。

 かといって、子爵家の出である私のほうから離縁を申し出るなんてこともできない。

 だから、シオン様が離縁を言い出しやすいように理由を作ろうと思っている。


 名付けて、離縁大作戦!


 今の生活が終わってしまうのはすごく悲しいけれど、大切な人の幸せのために今日から私はこの作戦を決行することにした。



 ◇ ◇ ◇


「シオン、またティア嬢が覗いてるけど」

「知ってるよ。本人は気付かれてないと思ってるからほっといてあげてね」


 ティアは、僕に黙って毎朝稽古を覗いている。

 あんなに堂々と覗いていて、バレていないと思っているのが可愛いところだ。


 でも、彼女が甲斐甲斐しく毎朝早くに起きて稽古を見ているというだけで僕の嫉妬心をかき立てる。

 だって、彼女が見ているのは僕ではなくクラウドだから。


「こんなむさ苦しい稽古飽きずによく見てるよな」

「そういうことじゃないからね」

「どういうことだよ」

「クラウドは知らなくてもいいよ」


 ティアとは貴族学園で出会った。

 はじめは彼女の能力に興味を持ったのがはじまりだった。

 でも、関わっていくうちに僕は彼女に惹かれていった。

 けれど、ずっと見ていたからこそわかる。視線の先にはいつもクラウドがいることを。


 卒業後、父が結婚相手としてティアを連れてきたときは驚いた。と同時に僕は内心歓喜した。

 これで正真正銘彼女は僕のものだと。

 たとえ違う男を思っていたとしても、僕の妻だ。


「クラウド、もう一戦!」

「今日はやけにやる気だな」


 たしかにこいつは男らしくて頼りがいもある。

 女性は強い男が好きだろう。

 でも、僕だってティアを守れるような強くて逞しい男になる。


「絶対負けないから」

 

 いつか振り向かせる。そしてその時は、本物の夫婦になるんだ。

 

 絶対に離したりはしない――。

 

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