9話 夢中になれるもの
楠木さんは夏の太陽の暑さも忘れて夢中になって姫路城を眺めていた。
今日は風があるおかげで太陽の暑さから幾分か守られているのだ。
「楠木さんって姫路城には何度も来てるんやろ?飽きへんの?」
私は誰しもが思う当たり前の質問をした。
すると彼女は眼を丸くして不思議そうな顔をした。
「うーん、飽きないかな。」
「そうなんや。なんでなん?」
しつこいと感じるかもしれないけど聞かずにはおれなかった。
こんなにも一つのものに引き込まれている人を私は見たことがない。
音楽だったり、ゲームだったり、オシャレだったり、推し活だったりたくさんの娯楽があるのに楠木さんは脇目もふらずにお城一筋だ。
そりゃ暇な時間はそう言うことをしたりするだろうけど普通の人と比べると、そこに割く割合は普通の人と比べると大幅に少ないだろう。
私はそんなにも一つのことに打ち込める理由を知りたい好奇心に駆られるのだ。
(私なんか家でお姉ちゃんとおもしろ動画を見てお腹抱えて笑ったり、お姉ちゃんと映画見たり、お姉ちゃんと音楽聞いたり、お姉ちゃんとスミッチで対戦ゲームしたり、お姉ちゃんに誘拐されてドライブに連れ去られたり、お姉ちゃんの友達にからかわれたり、お姉ちゃんと・・・etc・・・私・・・お姉ちゃんとしか遊んでへんやないか!)
心の中でノリツッコミしつつも興味は尽きない。
私の押しに少し戸惑った顔をして、楠木さんは少し悩んだ後、ポンと軽く手を叩いて
「なんでって、それは・・・夢中だからだよ。」
と言ってニコッと笑った。
「人って何にでも夢中になれるんだよ。それが私とってはお城だっただけ。推し活している人がいるじゃない。私はお城が推し活だよ。」
そして今度は楠木さんが私に
「菊池さんにだって夢中になれることってあるでしょ?」
と反問してきたのだ。
まさか反問されると思っていなかった私は面食らって言葉が何も思い浮かばなかった。
「私にだって夢中になれるもん・・・」
そう言って私は腕を組んでウンウン唸りながら頭を捻って考える。
(私が夢中になってるものって何だ・・・?)
そう考えると何も思いつかない、もしかしたら私はお姉ちゃんにばかりイジられているせいで主体性のない子に育ってしまったのかもしれない。
(わたし・・・夢中になれたもの・・・今までない・・・)
私は楠木さんに反問されてそう気づいてしまったのだ。
(絶望や・・・)
私が顔を青くして絶望していると楠木さんがそれを察してアワアワと慌てて
「あっ、えっと、別に夢中になれるものなくたって良いんだよ。そんなのなくたって人は生きていけるんだから。」
白いエクトプラズムを吐き出して愕然としている私を必死にフォローしてくれる。
私はあまりのショックに涙目になって
「私・・・夢中になれるものあって・・・羨ましい・・・」
と言葉足らずの巨人のように知能が大幅に退化しながら楠木さんに辛うじてそう言う事ができた。
楠木さんは私の言葉にクスッと笑って
「じゃあ菊池さんは私と一緒にお城に夢中になろうよ。」
そう言ってくれた。
でも私はお城に夢中になれるかわからなかったから、少し考えてから楠木さんにこう伝えた。
「うーん、お城のことはよく分からへんから夢中になれるかわからんけど、楠木さんと一緒に遠くに行くのは楽しいから、暫くの間は楠木さんの側に着いて遊びに行くのに夢中になることにするわ。」
すると楠木さんは
「もう!それじゃただの私の付き添いじゃない。」
と頬を膨らまして呆れるのだった。