6話 昔はもっと広かった
「早速お城に行こっか。」
私はお城に夢中になっている楠木さんがこのまま展望ホールで動かなさそうなので私が促すと楠木さんは後ろ髪惹かれる思いで展望ホールを後にした。
駅前のバスターミナルを直線に走る道路の先に聳え立つ白い勇壮なお城が目的地だ。
バスターミナルに直接つながる車道4車線と左右に展開される自転車道を含むとても広い歩道はは本当に見通しが良く楠木さんが言う通りまさにお城を見せるために作られた道路だと思った。
「昔の姫路城は総構って言ってすごく広かったのよ。」
丁度駅から100mほど歩いた広い交差点で信号待ちに差し掛かったところで楠木さんはそういった。
「昔はこのあたりまでお城の堀が走っていたのよ。それでね。この広い街を全部抱え込むように堀がお城を守っていたの。私達の左手後ろに山陽電車の姫路駅があるでしょ?あの辺りが飾磨門って言って外曲輪に入るための門があったのよ。」
私が後ろを振り返ると少し年式が古目のビルに大きく山陽電車姫路駅、大阪、三宮、明石行と書かれた看板が掲げられていた。
「じゃああのビルの下に門が埋もれてるってこと?」
私のアホな質問に
「門自体は埋まっていないけど、本当はあった堀が埋められて門の跡地が駅の下に眠っているの。」
と普通に考えればわかる答えを優しく丁寧に嫌な顔もせず答えてくれる。
「お城って広いのもあるんやなあ、あそこに見えてるのだけでも十分守れるんじゃないの?」
眼の前にでんと構えるお城を指差したら、楠木さんは呆れもせずに詳しく
「戦国時代から江戸時代って現代の日本と比べるとどちらかと言うと統一国家って言うよりも連邦国家と言う方がわかりやすいかも。現代みたいに電話やインターネットみたいな通信機器や指示命令系統が遠方からの飛脚や馬しかないから、今よりも地方自治体の力が強いのよ。特に戦国時代は自治体同士が領土の取り合いをして争っていたからなおさら。今私たちが見ている姫路城は安土桃山時代の後期に池田輝政って言う人が縄張りしたんだけど、この頃のお城づくりで流行っていたのが総構って言って、いつ隣の自治体と争いになって、街が襲われても大丈夫なように深い堀と高い壁で街を囲って財産を取られないように守ろうって考えがあったのよ。」
説明してくれる。
私が何気なく
「ふーん。それで街を守るためにお城を目一杯広く作ったんや。なんか思ったよりも武士って優しいんやな。」
と言うと楠木さんは目を丸くして、一瞬驚いた顔をした後、お腹を抱えて笑った。
今までの冷静で理知的な楠木さんからは考えられないくらいに楽しそうに笑った後、目の涙を拭った。
「どうなんだろね。でも人も財産だから、自分の庇護下にある住民はお城で守ろうって考えたんじゃないかな?」
楠木さんがそう言うと同時に赤だった信号が青に変わった。
横断歩道を渡りながら楠木さんの顔をちらっと見ると、学校では一度も見たこともない笑顔ですごく楽しそうな顔をしているような気がした。