4話 電車の旅も悪くない
私が独り言で恥をかいて顔を真赤にしているタイミングで一本の快速電車が駅に到着した。
電車の待ち合わせ時間はわずか10分程度だったが恥ずかしい思いをした私には地獄のように長い時間だった。
多くの人達が雪崩のように乗り込む中で私達は先頭に並んでいたため運良く二人掛けの席に座ることができ、二人して運が良かったねと言い合った。
電車は多くの人達の乗車を確認するとゆっくりと駅を出発する。
普段あまり電車に乗らない私はビルの中をすり抜けるように走る電車に不思議なワクワク感を感じて車窓に目をやる。
しばらくして淀川をわたり、今度はさっきまですり抜けるように走っていた梅田のビル群が遠ざかって行く姿は普段は気にもしていない町並みに変化に興奮を隠すことができなかった。
「なんかかっこいい!」
私がそう呟くと楠木さんはニコニコと
「ほんとやねぇ」
と頷いた。
きっと旅慣れている(であろう)楠木さんは電車に興奮する幼児を見守る母親のような心持ちでそう言ってくれたのだろう。
「移動も旅だからたっぷり楽しもうね。」
楠木さんは幼児退行した私に優しく微笑んで、リュックから取り出した小さな水筒を差し出してくれた。
「これって?」
私が水筒を不思議そうに見つめてそう言うと楠木さんは
「じゃーん!それは私がお家で林檎の皮をじっくり煮詰めて作ったアップルティーなのです。」
と少し照れながら茶化してそう言った。
小さい水筒はわざわざ自分用と私用で分けて用意してくれたのだ。
楠木さんの気遣いに私は感動し、その瞬間私の中の楠木さんの好感度は一気にアップしたのである。
「ありがとう!じゃ、早速・・・」
私は楠木さんから水筒を受け取ると、蓋にアップルティーを注ぎ込み、口に含む、その瞬間パァーッと花が咲き乱れたかのように鼻腔をくすぐる林檎の香り、そして舌に伝わる林檎の芳醇で自然な甘さと渋み、こんな美味しい飲み物は飲んだことがない!
そう思わせてくれるような感動に思わず
「これ好き!私これ好き!」
と何度も楠木さんに感動を伝えると楠木さんは誇らしげに鼻息を荒くした。
アップルティーを飲むと今度はお腹が空いてきたのでお姉ちゃんが用意してくれたサンドウィッチを楠木さんに差し出して。
「残念ながら姉が作ってくれたモノなんやけど、一緒に朝ご飯や。」
そう言って二人で一緒にサンドウィッチを頬張った。
「このサンドウィッチ美味しいねぇ。」
今度は楠木さんがサンドウィッチを一口食べて褒めてくれた。
(姉が作ったものやけどな・・・)
私は心の中で少し申し訳なく思ってしまった。
ゆっくりと会話を楽しみながらサンドウィッチを頬張っているとしばらくして海岸が見えてくる。
それは須磨の海だった。
電車は須磨から垂水にかけて明石海峡の側を駆け抜けていくのである。
遠くには瀬戸内海を抜けて神戸港に向かうタンカーや小さな漁船などが見え、朝日に照らされた海がキラキラと輝いていた。
「うわぁ~海や!海!海はいつ見てもいいなぁ。」
つい数日前、目の下に隈を作って『どっか遠くに行きたいわ』と独り言を呟いた私は否が応でも旅を意識させられる。
今日は日帰りだけど、これは私にとっては小さな旅なのだ。
私は海を眺めながら飲むとんでもなく美味しいアップルティーを再び口に含むと、楠木さんが旅に連れ出してくれたおかげで、こんなに幸せな体験が出来るんだなあとだんだん楠木さんが女神のように見えてくるのだ。