第3話「割れたガラスと三人目の証人」
■Scene 1 —— 朝の美術館、再調査へ
翌朝8時、美琴は再び富山市ガラス美術館の前に立っていた。
開館前の静けさの中、ガラスの外壁にはまだ昨夜の霧の名残が白く残っている。
昨日、安原航平が残した“午後3時”という時刻、遠山一誠が口にした“語られなかった真実”、そして“E”という記号が指していた“écriture”。
(全てのピースはつながっている。ただ一つだけ、まだ見えない……“誰が高瀬真奈を殺したのか”)
開館と同時に館内へ入った美琴は、展示室4——事故が起きた現場へ直行した。
「この空間……本当に“事故”だったの?」
彼女は展示室の構造、照明、監視カメラの位置を丁寧に確認していった。
ふと、壁の端に不自然な“パネルの継ぎ目”を見つける。指を這わせると、わずかに振動が返ってきた。
(……これは、裏通路?)
その瞬間、背後から静かな足音。振り返ると、白衣を着た年配の女性が立っていた。
「あなた、昨日も来ていたわね。観光のお客様?」
「ええ、少し変わった“見方”で鑑賞しています」
「私はここの管理技師、大村綾子。何かご不明な点でも?」
彼女の声には警戒心と同時に、どこか不自然な余裕があった。
美琴はふと、ある情報を思い出す。
(安原航平が最後に連絡を取っていた“館内スタッフの女性”。その特徴に合致する……)
「5年前の展示事故について、お話しいただけませんか?」
綾子は一瞬、沈黙した。そして——笑った。
「……また来たのね、正義の味方さんたち」
⸻
■Scene 2 —— 三人目の証人、そして告白
午前10時、美琴は遠山一誠と合流。
彼は、美琴の提案で「ある人物」との面会を了承していた。
その人物とは、5年前、真奈の事故当日の“清掃係”として勤務していた女性——川井春菜。
当時は大学生アルバイトだったが、事故直後に急に退職し、今は富山市内で小さな花屋を営んでいた。
午後1時、美琴と遠山は春菜の花屋を訪れた。
「……来ると思ってました。安原くんが倒れたって聞いて、もう逃げられないと思った」
春菜の顔は疲れ切っていた。
「本当はずっと……言いたかった。でも、言えなかったんです。あの人が怖くて」
「“あの人”とは?」
「……大村綾子さん。彼女が、真奈さんに怒鳴っていたんです。“展示のガラスを勝手に動かすな”って。でも、真奈さんは“変な角度で置かれていたから直そうとしただけ”って……その後すぐ、あの大きな作品が倒れて……」
春菜の瞳には、5年間積もった涙がにじんでいた。
「私、目撃したんです。綾子さんが、展示作品の支柱に足を引っかけて……わざと、倒したんです。あれは事故じゃない……殺人です」
—
その瞬間、美琴の中で全てがつながった。
展示室の不自然な構造、監視カメラの死角、“語られなかった真実”を潰そうとする警告メール。
そして——口封じのために、安原航平を襲った犯人。
「綾子は、真奈さんが展示の“危険性”を記録しようとしているのを知っていた。そして、消した」
—
■Scene 3 —— 真実の対峙と崩れた仮面
午後3時、美琴と遠山は再び美術館を訪れ、大村綾子と面会。
そこへ、川井春菜が一歩遅れて現れる。
綾子は彼女を見て、言葉を失った。
「あなたが……来るなんて……」
「もう黙っていられません。真奈さんのためにも、安原くんのためにも」
美琴が静かに切り出した。
「5年前の“事故”は、意図的に起こされたものでした。証人も、物証も揃っています」
綾子は無言のまま立ち尽くしたが、やがて目を閉じた。
「そう……ね。私が……壊した。あの作品も、彼女の命も」
「なぜ?」
「……私は、あの展示を設計した張本人だった。彼女が“安全性に問題がある”って、上に報告しようとしてたの。全部が、私のキャリアを壊すようなことばかり……」
—
真実は語られた。
だが、その代償として失われた命、傷ついた者たちの記憶は戻らない。
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■Scene 4 —— 旅の終わり、駅前にて
富山駅、午後6時。
夕暮れに照らされる駅前のベンチに、美琴は静かに座っていた。
遠山一誠と川井春菜は、安原航平の病室を訪れるため病院へ向かった。
(きっと彼も、少しは救われるだろう)
小さな鱒寿司をひとつ口に運びながら、美琴はつぶやいた。
「語られなかった真実——それは、消えない。でも、語られることで、人は前に進めるのよね」
次の行き先は未定。
だが、北陸の風は美琴に、まだ続く旅路を優しく告げていた。
富山編終了
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