第10話「炎の記憶、雪の静寂」
■Scene1:記者会見の朝
1月。北陸の空は灰色に覆われ、朝から細かな雪が舞っていた。
美琴は報道関係者で埋まる石川県警の会見場を、静かに見つめていた。
壇上には、県警幹部と並び、黒いスーツに身を包んだ中年の男が立っている。
――元副知事・橘仁志。
「……このたび、10年前の火災事故に関し、
当時の県政と警察に不正な関与があった事実を、正式に認めると共に……」
記者たちのフラッシュが、静かに償いの場を照らしていた。
片桐が小声で言う。
「橘は、捜査協力と引き換えに公職からの完全撤退を受け入れた。
社会的には終わったも同然だが……罪は、消えない」
「ええ。でも、それでも“真実が表に出た”ことは……彼女たちの命が無駄じゃなかったって証明になる」
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■Scene2:雪の墓前
午後。美琴は、雪の積もる墓前に一人立っていた。
名も刻まれないその石には、椿原初音と志倉恵理子、そして火事の犠牲者全員が合葬されている。
「椿原さん。やっと、あなたの名前が“闇”から出ました」
凍えるような風が、美琴の頬を撫でていく。
「あなたが守ろうとしたもの……私は、少しだけでも受け取れたでしょうか」
「……“充分だ”と、きっと彼女は言うさ」
振り返ると、悠真が傘を持って立っていた。
「ありがとう……来てくれて」
「お前がどんな決断しても、俺は隣にいるって言ったろ?」
ふたりは静かに手を繋いだ。
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■Scene3:旅館に帰る夜
その夜。
テルメ金沢の客室から見える庭には、雪がしんしんと積もっていた。
美琴は浴衣姿で寝室の窓辺に座り、ぼんやりと空を見ていた。
「終わったようで、始まったような気もするの。
椿原さんの生き様を受け取ったから、私も“真実を見届ける側”になった」
悠真が彼女の隣に座る。
「……それでも今日は、少しだけ休もう」
「……うん、そうね」
美琴は、彼の肩にもたれかかり、
そのまま優しく、でも熱く――
「んっ……ふぅ……」
深く、甘く、静かなキスを交わした。
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■Scene4:そして静寂へ
雪は、すべてを包み込むように降り続けていた。
あの夜の“火”が奪った命も、
今日の“雪”が、そっと静かに癒してくれるように。
「ありがとう、椿原さん」
心の中で、そう呟いた美琴の頬に、
一粒だけ、溶けない涙がこぼれ落ちた。