第8話「名を持たぬ協力者」
■Scene1:証拠のデバイス
深夜。
旅館の裏手にある控室――
美琴と悠真、そして片桐刑事の三人は、榊原から受け取った小箱を前に集まっていた。
「……このメモリーデバイス、旧型だけどまだ読み込めそうだな」
悠真が慎重にUSBポートに差し込むと、パソコンの画面にフォルダがひとつだけ現れた。
《K-log confidential》
その中には、ひとつの音声ファイルと、複数のPDF文書が含まれていた。
美琴がファイルを開く。
パソコンのスピーカーから、くぐもった男の声が流れた。
「……件の件、実行は“外注で”頼む。金は指定口座に。
場所は“西ノ裏、午前2時”。手口は、火事に見せかけて。
名義は不要。お前の名前は記録にも残らない」
美琴の指が震える。
「これ……明らかに、“誰かに殺人を依頼した”記録……!」
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■Scene2:匿名の外注犯
続けて読み込んだPDFファイルには、
“報酬受け渡しの口座情報”や、“やり取りした際の端末ID”などが詳細に記録されていた。
「この口座、名義が偽造されてる。いくつかのペーパーカンパニーを経由してるが……
最終的に受け取ったのは、“金沢市内の自動車整備会社”の名義人だ」
片桐が唸るように言う。
「“整備士の副業”で請け負っていたってことか……」
「でもその男――“名前がどこにも載ってない”」
悠真もパソコンを覗き込みながら、表情を険しくした。
「“名前を持たない協力者”。……つまり、裏社会とつながるフリーの“火付け屋”か」
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■Scene3:失踪と影
美琴は、口座の履歴を元に、その“整備会社”を訪ねた。
しかし、既にその会社は廃業しており、整備士だったという男も行方不明だという。
「……失踪は、7年前。“事故死”として処理されたが……遺体は出ていないらしい」
「じゃあ、その男は今もどこかにいるかもしれない」
「もしくは、“口封じされた”か」
美琴は廃工場を見上げながらつぶやいた。
「名前も残らないまま、誰かに命じられ、命を奪い、そして自分も――消された」
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■Scene4:遺された印
その夜。
美琴のもとに、一通の封書が届く。
差出人は不明。中には一枚の名刺と、短いメモ。
名刺には、「野村 薫」――元・県警情報課。
「このまま進むなら、“次の標的”はあなたになる。
あの男は、“もう一人”いた。榊原では終わらない。気をつけろ」
美琴は息を呑んだ。
「……“黒幕はもう一人”。
それが、火を放たせた本当の“影”」
悠真がそっと、美琴の肩に手を添えた。
「この先は危険だ。だが、進むなら――俺も一緒に行く」
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■Scene5:決意の静寂
翌朝。
旅館のロビーには、普段と変わらぬ笑顔と、お客のざわめきが戻っていた。
だが、美琴の心は静かに燃えていた。
「“名を持たぬ協力者”は、ただの道具。
本当に糸を引いていたのは――まだ顔を見せていない、“黒い手”」
その手に届く日まで、美琴は絶対に止まらない。