第7話「沈黙の邸宅」
■Scene1:静かな誘い
夕刻。
テルメ金沢の表玄関に、黒塗りの高級車が再び停まった。
車から降りたのは、瀬川の元側近だったとされる男――榊原重隆の秘書・中園である。
「白石美琴さん。……先生が、今夜お目にかかりたいと申しております。
もちろん、“内密に”という条件付きで」
「構いません。こちらも、静かにお話したいことがあります」
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■Scene2:邸宅の空気
金沢市郊外にある榊原邸は、まるで政界から退いた男の“砦”だった。
外観こそ和風だが、内部は静かで広く、無駄のない豪奢さに満ちている。
応接室に通された美琴の前に、穏やかな足取りで現れた男――
元石川県警副本部長、榊原重隆(70)は、灰色のスーツに身を包み、悠然と座した。
「ようこそ。……“椿原初音の友人”という肩書きで、ここまで来るとは」
「椿原さんの“意志”を継いでいるのは、間違いありません」
榊原は微笑んだ。
「正直に言えば、あの火事について――私が語れることなど、ほとんどない。
それでも聞くというのなら、覚悟はあるのでしょうな?」
「覚悟は、10年前からできています」
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■Scene3:真実に触れる
榊原は、背後の棚から一枚の紙を取り出した。
それは10年前の“処理対象者一覧”のコピーだった。
「このリストの存在を、あなたが知った以上――あなたは、もう“逃れられない”」
「志倉恵理子、椿原初音……そして、次に名前があがっていたのは、宇田川美沙」
「だが、実行したのは私ではない。
組織の中で、“火を点けた”のは別の者――警察ではなく、民間協力者だった」
「……あなたが命じたんじゃないんですか?」
「否。私は、“黙認”した。
止めることができたかもしれないが……その選択を、放棄した」
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■Scene4:沈黙の重さ
美琴はじっと榊原を見つめる。
「あなたの沈黙が、二人の命を奪った。それを“罪”と思っていないんですか?」
「思っている。……だが、“今さら責任を取ること”に、意味はあるのかね?」
「あります。命の重みは、過去ではなく、今に続いている。
椿原さんたちの人生を、誰かが受け継がなければならないんです」
榊原はゆっくりと目を閉じ、静かに頷いた。
「……遅すぎたが、ようやく理解できたようだ。
これ以上、黙っていては“本当の終わり”が訪れる気がしてな……」
彼は手元の小箱を差し出した。
「これが、最後の“証拠”になるだろう。
この中にあるデータ――それが“火を点けた者”の名前を記している」
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■Scene5:帰路と決意
帰りの車の中、美琴は小箱を握りしめていた。
中には、旧式のメモリーデバイス。そして一通の手紙。
「私は何もしていない、だが何も止めなかった」
「その結果が、命を奪い、あなたを動かしたのなら――どうか、真実に辿り着いてほしい」
「……この先に、まだ真犯人がいる」
悠真が静かに言った。
「これで、ようやく最後の扉が開くかもしれないな」
「ええ。10年の“沈黙”は、これで終わりにします」




