第6話「裏帳簿の名」
■Scene1:記された名
旅館の事務所。
美琴は、静まり返った深夜の空間で、瀬川から受け取った手帳を開いていた。
手帳は几帳面な文字でびっしりと埋まっていた。
不正な支出の金額、裏口採用の記録、特定の企業名、そして――事件の前夜の記録。
「“椿原初音、今夜動く”」
「“志倉恵理子の件は、消されたはず”」
「“もし動くなら、●●に任せる。表には出せないが、処理は確実だ”」
ページをめくった美琴は、ついにそこに記されていた名前に目をとめた。
「……まさか……」
美琴は口元に手を当て、声を失った。
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■Scene2:記されていた人物
翌朝。旅館の一室。
美琴は夫・悠真と片桐刑事を呼び、手帳を差し出した。
「この名前……“榊原 重隆”。元県警副本部長。現・市議会議員です」
片桐の顔が引き締まる。
「こいつ……当時、捜査本部のトップだった男だ。
つまり“椿原初音の通報”も、“火災後の調査”も、こいつの指揮下だった」
悠真も頷く。
「記録を改ざんし、証拠をもみ消す権限があった。
そして――表に出せない“実行犯”を手配できる立場だったということか」
「榊原は、県警内部の不正の象徴だった。だが、引退と同時にすべてが“うやむや”になった」
「美琴。これが本当に事実なら……ただの殺人事件じゃない。
“組織ぐるみの隠蔽と暗殺”。警察を、そして政治を巻き込んだ“巨大な闇”だ」
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■Scene3:封じられた真実
その日、美琴は中村巡査と広瀬清美に非公式に連絡を取り、情報の裏取りを依頼した。
広瀬の返答は、思いのほか早かった。
「榊原についての記録はほとんどが“破棄”扱いになっています。
裏帳簿も、“火災翌月にまとめて消されている”……
ですが、椿原初音さんが最後に出した“内部文書のコピー”が見つかりました」
「それは……!」
「そこに、“処理対象:K001・志倉E/K002・椿原H”と記載が」
美琴は震えた声で呟いた。
「……コードで、処理対象としてリストアップされていた……」
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■Scene4:覚悟の先へ
「このままじゃ終われない……真犯人は、組織とともに生き延びている」
夜、温泉の湯気の中で、美琴はひとりそう呟いた。
そこに静かに近づいてきた悠真が、そっとその肩を抱いた。
「……もう十分だよ、って言いたい。でも、そうじゃないんだろ?」
「ええ。……椿原さんと、志倉さん。
そして10年前、声を上げられなかったすべての人のために、私はこの真実を告げなきゃいけない」
悠真は、美琴の額に優しくキスをした。
「だったら俺も、最後まで支える」
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■Scene5:予兆の風
翌朝。旅館の前に一台の黒塗りの車が止まっていた。
中から出てきたのは――
榊原 重隆の秘書を名乗る若い男。
「白石美琴さん。……“近日中に直接お話がしたい”と、先生が仰っております」
「……ええ、受けて立ちます。こちらからも、聞きたいことが山ほどありますから」