第3話「再来者の記憶」
午前11時。テルメ金沢の玄関。
ひとりの女性が、静かに現れた。
白いワンピースにベージュのカーディガン。
黒髪は肩にかかり、眼鏡の奥の瞳にはわずかな怯えと、静かな決意があった。
「ご予約の……宇田川美沙様、でいらっしゃいますか?」
仲居の声に、女性は一瞬だけ逡巡し――
「……はい」
と、小さく頷いた。
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■Scene1:名乗った女
客室に通された宇田川美沙を、美琴は一人で訪ねた。
扉が開いた瞬間、美琴の中で何かが「確信」に変わった。
「あなたが……“あの写真”の、もうひとりですね?」
宇田川の目が揺れた。
「……あなたが白石美琴さん。椿原初音の……知人、ですか?」
「彼女は、10年前に亡くなりました。でも――今も、私たちの中にいます。
あなたが持っている“真実”、どうか教えてもらえませんか?」
宇田川は、しばらくの沈黙ののち、小さく口を開いた。
「……私は、椿原さんの“告発”を知っていました。
彼女はある人物――警察内部の不正経理を握っていたんです。
その証拠を火災で“消す”ことが目的でした」
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■Scene2:証言
宇田川美沙の語りは続いた。
「当時、私は県警のデータ管理課にいました。
上層部から“通報ログの改ざん”を指示されたんです。
抵抗したら……異動させられて、そして……追い込まれました」
「……追い込まれた?」
「告発を試みようとしたら、上司の家族が“事故”に遭ったんです。
私は怖くなって、逃げました。すべてを……捨てて」
美琴は固く拳を握った。
「あなたの沈黙が、椿原さんの命を奪った可能性もあると……それでも話す覚悟をしたんですね」
「はい。怖くて……でも、ようやく正面から向き合いたいと思えました」
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■Scene3:遺された証拠
宇田川はバッグから、茶封筒を取り出した。
「これが最後に残っていた“火災前日の監視カメラ記録”の断片です。
焼ける前の映像を一部だけ保存していました」
中には、焼け焦げたようなUSBと、黒くすすけたメモ用紙が。
「この中に、椿原さんが会っていた相手の姿が……映ってるかもしれません」
「ありがとう。これで、やっと一歩前に進める」
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■Scene4:静かなる約束
その夜、美琴は夫・悠真と共に、映像の解析準備を進めていた。
「これが……あの夜の、“未解決”だった全ての鍵かもしれない」
「この事件は、警察だけじゃ追えない部分がある。だからこそ――美琴、お前がやる意味がある」
「……ありがとう、悠真。もう少しだけ、この真実と向き合うわ」
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映像に映る、“見覚えのある顔”が、
少しずつ輪郭を持って浮かび上がろうとしていた――
闇の中から、ついに現れる“犯人の素顔”。