第9話「偶然が導く夜 ― 繋がる火と声」
■Scene1:金沢の夜市にて
金沢市中心部。
夏の宵、近江町市場の夜市には、露店の明かりと人々の笑顔が溢れていた。
美琴は、夫・悠真と少しの休暇を過ごすため、久々に旅館を離れていた。
「……たまには、こうしてふたりで出歩くのもいいね」
「ええ。でも、事件が起きなければ、だけど」
美琴が微笑む横で、悠真はわずかに表情を曇らせた。
その直後だった。
どこからか――焼け焦げたような異臭が、風に乗って鼻をついた。
そして、すぐに響いた。
「火事だ! 誰かっ! 火がっ!」
人々の悲鳴とともに、露店の一角から煙が立ち上る。
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■Scene2:異変の中の再会
駆けつけた美琴と悠真が現場を見回すと、煙が上がっていたのは屋台の裏手、
使われていない木造倉庫だった。
すでに火は小康状態。消防車が駆けつけ、事態は収束しつつあった。
「……また、火。しかも、10年前の火災現場から約2キロ圏内」
悠真がそう呟く。
その時――美琴の目に、見覚えのある人物の姿が映った。
「……志保さん?」
そこには、テルメ金沢を離れたはずの椿原志保が立ち尽くしていた。
「どうして、ここに……?」
志保はおびえた様子で、美琴に言った。
「……ごめんなさい。火が怖くて……でも、近くに来てしまって……」
「もしかしたら、あの“声”が、また聞こえるかもしれないと思って……」
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■Scene3:あの夜と同じ“声”
その時、美琴の耳に――かすかに届いた。
女の声だった。
「たすけて……ここに、いるの……」
冷たい風の中で確かに聞こえたその声に、美琴は思わず立ち止まる。
「聞こえました……か?」
志保が尋ねると、美琴は静かに頷いた。
「……ええ。確かに、聞こえました。あの夜と同じ声が」
二人はしばし沈黙した。
それが、幻覚ではないことを確かめるかのように――。
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■Scene4:片桐刑事の言葉
翌朝、美琴と悠真は片桐刑事に会いに、金沢警察署を訪れた。
「あの火事……10年前のやつだな? 実は最近になって“類似火災”が数件、未遂を含めて報告されてるんだ。いずれも、金沢市郊外かその隣接地域。警察内部でも再調査の話が出てる」
「やはり……これは偶然ではないですね」
片桐は資料を手渡しながら、美琴に一つ質問を投げかけた。
「白石。あんた、例の“通報者”が宿に来たって話、本当か?」
「はい。椿原志保さんです。昨日も現場で再会しました」
片桐はしばらく考え込むと、メモを一枚差し出した。
「……この名前。10年前の通報記録には“椿原”の名は記載されていない。つまり、正式には“誰かが名前を消した”んだ」
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■Scene5:動き出す歯車
「名前が消された……?」
「記録はデジタルにも残っていた。だけどプリントアウトされた通報履歴には、何も残っていない。ログが一部、故意に削除された形跡がある」
美琴は震える志保の手を握りながら、強く頷いた。
「必ず、真実を明らかにします。志保さん、どうか私たちを信じてください」
志保は小さく頷きながら、目元を拭った。
「……私はもう、逃げません。あの声は……私への警告だったのかもしれませんから」
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■Scene6:次なる予兆
その夜。
美琴と悠真は旅館に戻ったが、美琴の心には火種が灯っていた。
“声”と“火”、そして“消された名前”。
このすべてが指し示す先に、いったい何があるのか。
それを確かめるには――もう一度、現場に戻るしかない。
そして、美琴はふと、ひとつの疑念を抱いた。
「もしかして……10年前の火事、“あれが最初”じゃなかったんじゃ……?」