第7話「炎上の果て ― 壊された家族と、償えぬ罪」
富山県「県民公園 太閤山ランド」の
“ いっちゃんリレーマラソンを走ってきた後の話… ”
■Scene1:朝のニュース速報
6月下旬の朝――。
テルメ金沢の休憩室で、テレビから流れる速報に、美琴は思わず手を止めた。
「金沢市内で、先日発生した中学生野球部内暴行事件の加害生徒および関係者に対する誹謗中傷がエスカレート。被害者の元監督が自殺した模様です」
画面には、警察が封鎖線を張る住宅街と、近隣住民のインタビュー。
「もうね、騒音も酷くて…卵とか投げられて、紙が燃えてて。怖くて眠れませんでしたよ」
「あの家族が悪いのは分かるけど、やりすぎだよ。正義って何だって話…」
美琴の胸に、重い鉛のようなものが沈んでいく。
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■Scene2:炎上と暴走する正義
最初はSNSだった。
「この3人が加害者」「この監督が放置した」
という情報が拡散され、いつの間にか住所・氏名・学校名まで晒されていた。
怒りは止まらず、加害者3人の家や監督の家にまで飛び火した。
・玄関に生卵をぶつける者
・家の壁にスプレーで「鬼畜」「許すな」と落書き
・門前に貼られた紙には、灯油を含ませ火がつけられた跡
そして、監督の家のガラスは割られ、ドアは蹴り壊され、
近隣住民たちも「出て行け」と罵声を浴びせるようになった。
怒りが、悲劇を呼び寄せていった――。
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■Scene3:監督の遺書
一週間後、金沢市内の河川敷で、
あの野球部の元監督が遺体で発見された。
遺書はビニール袋に入れられ、胸ポケットに残されていた。
「私は判断を間違えました。
○○くん、ごめんなさい。
監督として、あなたを守れなかったことを悔いています。
もう、生きている資格はありません。
ご両親にも申し訳ありませんでした。」
彼には身寄りがなく、葬儀は市が手配した。
同じ学校の教職員も、生徒も誰も顔を出さなかった。
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■Scene4:壊れた家族
加害者3人はすでに学校を退学。
野球部は存続不能となり、解散。
残されたのは、非難の的となった母親たちだった。
実は、3人とも母子家庭であり、
父親はすでに離婚して別の家庭を持っていた。
母親たちは週刊誌の直撃を受け、
仕事も辞めざるを得なくなり、
最終的に県外へ転居することになった。
「全部、終わったの……」
「子どもたちは反省してる。でも……どこにも戻れない」
「私が甘かったのよ……親として、見て見ぬふりをしてた」
一人の母親がそう語ったと伝えられている。
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■Scene5:美琴の想い
テルメ金沢の厨房で、美琴は手にした茶碗をそっと棚に戻すと、
ぼんやりと、あの朝の光景を思い出していた。
――木場潟で見つけた、あの少年。
今もリハビリを続けていると聞いた。
再びマウンドに立つ夢は、遠のいたかもしれない。
けれど、彼の目は、あの時希望を捨ててはいなかった。
そして、もう一つの問いが胸に刺さる。
「――これは、本当に“正義”だったのだろうか?」
加害者を追い詰めること。
その家族を晒すこと。
監督の命まで奪った炎上の嵐は、
正義という名を借りた暴力ではなかったのか。
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■Scene6:消せない過去と、選べる未来
事件の傷跡は、消えない。
少年の心にも、社会にも。
だが、美琴は今日も女将として、笑顔で客を迎え、
夕暮れには静かに温泉の蒸気を見つめる。
「過去は変えられないけれど、明日をどう生きるかは自分次第。
そうでしょ、悠真さん……」
そう呟いた時、背後から優しい声が届いた。
「ああ。俺もそう思う」
そこには、夫・高橋悠真の穏やかな笑顔があった。
「今夜は、何も考えずにゆっくりしよう。美琴」
美琴は微笑み返し、そっと彼の手を取った。