第5話「つつじに彩られた休息 ―西山公園、そして夫婦の時間」
■Scene1:穏やかな日常へ戻る旅館
吉永佐和子の死の真相が解き明かされてから、すでに1ヶ月。
美琴はそれ以降、事件に関わらず旅館の“女将業”に徹する日々を送っていた。
朝の帳場、夕方の接客、そして夜の内勤――
美羽や菜摘たちと息を合わせ、季節の移ろいとともに旅館は再び活気を取り戻しつつあった。
そんなある日の午後――
「白石さん、来客です」
呼ばれてロビーへ向かうと、どこか見覚えのある落ち着いた表情の女性が立っていた。
「お久しぶりです。福井県警の広瀬清美です。覚えていらっしゃいますか?」
吉永佐和子の事件で協力してくれた、福井県警の女性刑事だった。
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■Scene2:つつじ咲く招待状
広瀬清美は手土産を渡しながら、柔らかく言った。
「今回は、事件ではありません。ひとつお願いがありまして」
彼女の話によれば――
今、**鯖江市の西山公園では「つつじ祭り」**の真っ最中。
週末を利用して、彼女と夫は訪れる予定で、
「よければ白石さんもご夫婦でいかがでしょうか」との招待だった。
「女将さんの旦那さんが刑事だって、なんとなく察してました」
「でも今回は“観光のみ”です。ホテルも私の方で手配してありますから、どうぞ気にせず」
その言葉に美琴も思わず微笑んだ。
「ありがとうございます。実は、少し休みを取ろうと思っていたところなんです」
その夜、美琴は夫・悠真にその話を伝えた。
「鯖江か。春の西山公園って有名だもんな。清美さんに感謝だな」
「じゃあ、少しだけ“夫婦の時間”をもらおうか」
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■Scene3:咲き誇るつつじの下で
週末――
福井県鯖江市、西山公園。
つつじの花が見事に咲き誇り、
家族連れやカップルで賑わう公園の中、
美琴と悠真は手をつないでそっと歩いていた。
「たまには、こういうのもいいね」
「事件もなし、トラブルもなし。ただの“ふたり”としての時間」
時折、通り過ぎる人が彼らを振り返る。
だが、誰も“女将”や“刑事”としては見ない。
そこにあるのは、ただの優しい夫婦の姿だった。
広瀬清美は少し離れた場所で、そっと手を振っていた。
「ゆっくりしてきてくださいねー!ホテルは駅前の《ホテルアルファーワン鯖江》ですよ!」
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■Scene4:ふたりだけの夜に
その夜――
ホテルのチェックインを終えたふたりは、
ゆっくりと夕食を済ませ、
静かな夜の個室風呂へと足を運んだ。
温かい湯に身を沈めながら、
美琴はそっと悠真の肩に寄り添う。
「ねえ……こうして何もない日って、ちょっと不安になるくらい穏やか」
「じゃあ、不安を消してあげようか?」
そう言って、悠真はそっと美琴の頬にキスを落とした。
唇が触れ合い、
言葉が消えて、
ただ、ふたりの体温だけがそこに残る。
「んっ……ゆうま……」
少し熱く、
少し長く、
そして深く、甘く、濃密なキスが続く。
そのまま静かに、ふたりは寄り添って湯に浸かり、
やがてその夜――
心も身体も満たされたまま、眠りについた。
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■Scene5:また、事件が呼ぶまで
翌朝。
チェックアウトのロビーで再び広瀬清美と再会する。
「良い時間になりましたか?」
「ええ、おかげさまで」
「では、次に“事件”で再会しないことを祈ってます。……たぶん無理でしょうけど」
笑いながらそう言った彼女に見送られ、
ふたりは再び車に乗り込む。
美琴はふと、小さく呟いた。
「事件が呼ばなくても、私はきっと――あなたの隣にいたい」
悠真も微笑んで答えた。
「俺もだ。どんなときも、何が起きても、ずっと――」