第4話「記録になかった少女 ― 忘れられた家族、歪められた事故」
■Scene1:名もなき保護記録
中村巡査の手元には、事故後に一時保護された人物一覧の非公開写しがあった。
その中に、“公的記録には存在しない少女”の名が、確かに記されていた。
【仮名:ミナ(年齢不明・負傷なし・発話に問題あり)】
【保護場所:事故現場北側の林沿い・保護時間 午後4時12分】
「この子、結局どこに行ったのかがわかってないんです」
「児童相談所にも記録が残っていない」
そして、美琴が何気なく見ていた古い新聞の隅――
“事故後に立ち退いた家族”として、
**「志村里恵」**という女性の名が載っていた。
その娘が“ミナ”ではないか――
そう思った時、全ての線が繋がった。
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■Scene2:失われた家族、今はどこに
美琴たちは、事故当時の保護情報を追い、
ようやく石川県・加賀市内の福祉施設に、
志村里恵の名前を見つける。
施設長は静かに話す。
「志村さんは、事故のあと娘さんを連れてこちらに来ました」
「“過去の記録は出さないでくれ”と強く頼まれていて……」
「娘さんは現在、別の名字を名乗っています。結婚もされていますよ」
「でも、当時の娘さん……いえ、**“ミナちゃん”**はずっと言っていたんです」
『ママが私を、守ってくれた』って
一同に、深い沈黙が走る。
事故で命を守られた子がいた。
だが、その存在は“記録から消された”。
なぜなら、その存在を“知られてはいけない理由”があったから――
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■Scene3:志村母子が抱えた「真実」
志村里恵に直接会う許可が出たのは、
施設側が美琴の“人柄と過去の実績”を確認した後だった。
彼女は、白髪混じりの髪をまとめ、微笑みながら言った。
「まさか……あの時のことを、もう一度話すことになるなんて」
「あの事故の日。私は娘を後部座席に乗せてたんです」
「でもね……私たちの車は、事故車両に巻き込まれた“前”にあったの」
「“一台だけ、前方に暴走して突っ込んできた車”があって――それを見た」
だが、当時の報道では、
その暴走車は「追突の巻き添え」として処理されていた。
「違うのよ。最初に突っ込んできたあの車が、全部のきっかけだったの」
「そして――あれは、**吉永さんが調べようとしてた“ある人の車”だった」」
それは、吉永佐和子が“榊原圭吾にも伝えられなかった真実”だった。
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■Scene4:少女は今
その夜、美琴は志村里恵の娘――現在は**長谷川実菜**として生活している女性と面会する。
落ち着いた瞳をした、30代前半の女性。
その瞳には、深く過去を見つめるような影があった。
「私……まだ覚えてます」
「事故のあと、木の下にひとりで座ってて……誰かが来るのを待ってた」
「あのとき、誰かの声がした。“助けを呼んだのに届かなかった”って」
「でも、私……もう逃げません。母も、吉永さんも、私を守ってくれたから」
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■Scene5:歪められた事故、そして“意図”
数日後、美琴は中村と共に県警幹部に報告書を提出した。
事故の“第一原因車両”と、それを記録から排除しようとした動き。
吉永佐和子の死に至る調査の全貌――
警察内の監査が動き、榊原圭吾も改めて事情聴取を受けた。
「彼女がなぜ“私を許さなかったか”、今ならわかる気がする」
「真実は、書かないことで“殺す”こともあるんですね」
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■Scene6:冬を超えて、春を迎える前に
一連の事件が一区切りを迎えた日、
美琴は福井文化会館の屋上で空を見上げていた。
あの日の事故。
あの少女の小さな手。
そして、吉永佐和子の、あまりに静かな死――
「伝えるって、やっぱり怖い。けど……必要なことだと思う」
彼女の隣にいた中村が、照れくさそうに笑った。
「美琴さんって、やっぱり……不思議な人ですね」
「旅館の女将で、事件を追って、心まで背負って……」
「でもそれで救われる人が、またきっといます」
「ありがとう。じゃあ、次の旅先もついてきてくれる?」
「はい。もちろんです。僕はもう、事件がなくても美琴さんのファンですから」