第3話「隠された名前と、彼女が会わなかった理由 ―封印された関係」
■Scene1:手帳の“切り取られたページ”
早朝、福井文化会館の喫茶室。
中村巡査、美琴、そして後輩刑事の梶原真帆が再び顔を揃える。
前回発見された、吉永佐和子の手帳。
その最後のページが、丁寧に1枚だけ切り取られていたことに、ようやく気づいた。
「誰かに渡したのか、それとも――自分で捨てたのか」
その1枚が“彼女の死”の前後に何を意味したのか、3人の中に静かな疑問が浮かぶ。
「名前か、場所か……きっと何かを記していたんだ」
真帆が呟いたそのとき、中村が小さく指を鳴らした。
「そういえば、彼女が最後に図書館で“誰かと会いたくない”って言ってたって、
職員の方が証言してました」
「“男の人ですか?”って聞いたら、“ええ、古い知り合いで……できれば会いたくない”って」
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■Scene2:浮かび上がる名前 ―「榊原圭吾」
その人物の名前が、資料の片隅に出てくる。
榊原圭吾。
現在は福井市内の中規模出版社「越前出版」に勤めるフリー編集者。
10年前、地元新聞社の記者で、佐和子の後輩だった。
だが、事故の直後に突然退職し、行方を眩ませていた。
「今は福井市に戻ってるらしいんだけど、公式には取材拒否」
「しかも、吉永さんの葬儀にも来てない」
あまりに不自然だった。
中村は静かに言う。
「彼女、圭吾さんに会うのを“本当に”避けていたんだな」
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■Scene3:封印された関係
美琴たちは、榊原の勤務先である「越前出版」を訪ねる。
迎えに出たのは、編集部の女性スタッフ。
「圭吾さん、今日はいないんです」
「ただ……吉永さんと以前一緒に事故取材をしていたことは知っています」
「当時、圭吾さんは“彼女を守れなかった”と何度も呟いていたそうです」
その言葉に、美琴はある確信を持つ。
(彼は、あの事故で――何かを知った。そして、何かを“見逃した”)
美琴はその夜、旅館の部屋で独り、佐和子の手帳を改めて読み返していた。
【“誰かが消してしまった”――あの日の声、あの日の証言】
【私は、あの子の“助けて”を知っている。なのに誰も書かなかった】
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■Scene4:10年前の“あの子”とは?
手帳の一文にあった“あの子”。
事故現場にいた“第3の人物”――“女性の声を聞いた”という未報道の証言と一致する。
「もしかして、“あの子”は生きていた……あるいは――?」
その翌日、美琴たちは県立図書館で、事故関連の非公開文書を特別許可のもと閲覧する。
そこには、事故現場の非公式記録が残っていた。
一通の“見出しのない調書”が目に入る。
「……圭吾、あの子を見ていたんじゃないの?」
「“救急が来る前に女の子の姿を見た”――でも、報告していない」
その“報告漏れ”が意味するのは――事故の報道が“意図的に改竄された”可能性だった。
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■Scene5:榊原圭吾の帰還
その日の夜、越前出版から一本の連絡が入った。
「榊原が会社に戻ってきました。今なら、少しだけ会えるかもしれません」
その連絡を受け、美琴と中村、真帆の3人は出版社へ急ぐ。
編集室の一角、ガラス張りの小部屋に――
かつて“記者”だった男は、疲れたような目で佇んでいた。
「吉永さんが亡くなったこと、知ってました」
「でも……会う資格がないと思った」
「あの子の声を聞いてた。僕はそれを、報道しなかったんです」
榊原圭吾は語る――あの事故の“もう一つの真実”を。
そして吉永佐和子が、“なぜ彼に会おうとしなかったか”も。
彼女は、「罪を知っていた」。
彼の、“何をして何をしなかったか”を。
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■Scene6:再び、風の中へ
出版社を後にした美琴たちは、福井の夜道を歩いていた。
「吉永さんの死の背景に、やっぱり事故が関係してる……」
「でも、まだ“あの子”の正体がわかってない」
中村巡査がふと呟いた。
「ひとつ、気になる情報があります」
「事故直後に保護された“記録に残っていない少女”が、いたかもしれないんです」
その少女こそが、
吉永佐和子が最後まで追いかけ、
榊原圭吾が目を逸らし、
誰も知らないまま、“あの事故”の核心にいた存在――
美琴の胸に、ひとつの予感がよぎる。
(その少女が、まだ“どこかで生きている”としたら……?)