特別編 『霧の中の衝突 ―あの朝、何があったのか』
■Scene1:薄明かりの福井市郊外バイパス
それは、10年前の3月初旬。
福井市郊外――県道31号線バイパス。
朝7時過ぎ、霧が立ち込めた冷え込む朝だった。
道は濡れており、前方の視界は10mほど。
通勤や登校で混雑しはじめた時間帯。
その瞬間だった。
「ブレーキ!ブレーキ!!」
「やばい!前見えな――」
ガシャアアアアン――!
1台目の急ブレーキが招いた、連鎖的な多重衝突事故。
トラック2台、乗用車3台、バイク1台――
計6台が絡み合い、2名が即死、3名が重体。
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■Scene2:加害者とされた男・井之上克則(50)
事故の発端となった車を運転していたのは、
建設会社の部長だった井之上克則。
視界不良のなか携帯ナビを確認しようとしていた。
「まさか、こんなことになるなんて……」
警察の初動捜査により、彼は「前方不注意による過失運転致死傷罪」で逮捕された。
事故の被害者のうち、3名が死亡。残り2名も長期入院を余儀なくされた。
克則は取り調べ中、ただ一言だけ呟いていた。
「俺は――ちゃんと、止まったんだ」
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■Scene3:被害者家族の涙と怒り
犠牲となったのは――
1.大学生・三浦健太(20):将来を夢見た体育教師志望の青年
2.中学校教員・佐山理恵(41):事故直後に妹が号泣する姿がTVに映された
3.配達業・藤村洋介(53):仕事中に巻き込まれた勤勉な男性
それぞれの家族は加害者に対し、深い怒りを募らせた。
「加害者の家族には、どう責任を取る気なのか」
「“たまたま”で済まされて、うちの子は帰ってこないんです」
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■Scene4:ひとりの姉・井之上綾子の動揺
その頃――
克則の姉であり、福井市内の中小企業で経理をしていた**井之上綾子(45)**は、
弟の無実を信じ、各所に頭を下げていた。
「弟はそんな人じゃない。きっと、事故には何か別の理由が……」
だが世間の目は厳しかった。
会社内でも「加害者の姉」として冷たい視線を浴び、
住んでいたアパートには無言電話と嫌がらせが続いた。
綾子は仕事を辞め、実家を出て、越前大野の山奥に移住する。
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■Scene5:証言者・もう一人の真実
事故から5年が過ぎたある日――
匿名の証言が警察に届いた。
「あの事故、最初に急ブレーキかけたの……克則さんじゃなかったよ」
それは、当時現場近くにいた配送業者の男性からの証言だった。
ただし、ドラレコや記録はすでに破棄され、再捜査には至らなかった。
井之上克則はすでに服役を終え、社会復帰の準備をしていた。
だが、病に倒れ――1年前にひっそりと亡くなった。
綾子が看取ったその夜、
彼は最期にこう言ったという。
「姉ちゃん、俺……ほんとに、止まったんだ……」
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■Scene6:復讐の種と、凍った心
克則の死後、綾子の心には深い空洞が生まれていた。
彼女が“静かに見守っていた”のは、被害者家族たちの生活だった。
•三浦健太の家族が観光業を再開
•理恵の妹が教職を離れ保育士に転身
•藤村の娘が結婚し子を持つ
「どうして……みんな幸せそうに生きてるの……?」
“許されない”という執着が、
彼女の中で“正義のバランス”にすり替わっていく。
そして――
数年後、彼女は彼らの元へ、復讐という名の“平衡”をもたらす計画を始めたのだった。