特別編・後編『女将ふたりの週末帳 ―日曜の夕暮れに、またひとつ別れを』
■Scene1:日曜の朝、チェックアウトの笑顔
朝7時。テルメ金沢の帳場には、チェックアウトを待つ観光客の列。
美琴と美羽はそれぞれのお見送りに立ち、笑顔で一人ひとりへ声をかけていた。
「素敵な宿でした。また来ます」
「美琴さんとお話しできて、旅の一番の思い出です」
「次は“事件がない時”にも、女将さんの笑顔が見たいなあ」
美琴「またのお越しを、心よりお待ちしております」
美羽も深くお辞儀しながら、
「次は“仮”じゃなくて、本物の女将になれるように頑張ります!」
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■Scene2:湯上がり処にて、小さな出来事
午前10時過ぎ、湯上がり処で休む地元の常連客が美琴に声をかける。
「お嬢ちゃん、最近テレビでも見なくなったねぇ」
「たまにはこうして、旅館の空気を守ってくれとるんやな」
美琴「はい。でも、また“別の現場”に行ってきます。
この町と、ここの温泉が……私の背中を押してくれるんです」
その表情には、すでに次の決意が宿っていた。
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■Scene3:午後の清掃、ふたりの背中
午後、美琴と美羽は最後の客室清掃を終え、
最上階の露天風呂から金沢の街並みを見下ろす。
美琴「明日から、しばらく旅に出るわ。福井で、少し大きな案件があるの」
美羽「……行ってらっしゃい。わたし、ちゃんと守っておくから。ここで待ってる」
二人の背中には、女将と仮女将――それぞれの責任が刻まれていた。
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■Scene4:夜、静かな寝室にて
22時過ぎ。帳場の灯りを落とし、美琴は静かに部屋に戻る。
そこには、仕事を終えたばかりの夫・悠真が、照明もつけずにソファに腰掛けていた。
悠真「また、行っちゃうんだな」
美琴「ええ……明日から福井。
でも、“誰かの痛み”に寄り添える限り、行かなくちゃ」
美琴はそっと夫の前に膝をつき、手を重ねる。
そして――
唇が重なる。
長く、静かで、濃くて、
互いを包み込むようなキス。
言葉はもう、いらなかった。
ただ、息をする音と、鼓動だけが聞こえていた。
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■Scene5:囁きのあと、灯りを落とす
美琴「あなたのキスがあるから、私は明日も前を向けるの。
……また、すぐ帰ってくるわ」
悠真「待ってる。いつだって、どんな場所でも」
ベッドに入り、美琴はそのまま夫の胸に顔を寄せる。
やがて、小さく囁いた。
「おやすみ。あなたが夢に出てくるといいな……」
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■Scene6:旅立ちの朝
翌朝5時、まだ薄暗い金沢駅にて。
美琴は一人、福井行きの電車に乗り込む。
カバンの中には、筆記帳と、家族の写真と、旅館の制服の端布。
そして、唇には――
昨夜のキスの“温もり”が、まだほんのりと残っていた。