第2話 「金沢21世紀美術館で消えたモデル」
■Scene01 非日常の招待状
「女将さん、招待状が来てますよ。これ、美術館の関係者からです」
菜摘さんが持ってきたのは、白地に銀の箔押しが美しい一通の封筒。
差出人は――金沢21世紀美術館 企画広報:間宮晴人
《現代アートと地域文化の融合をテーマにした展示会のご案内》
どうやら地元の伝統施設として、テルメ金沢に美術館から協力依頼が来たようだ。
「晴人くんって……あの、大学時代に一瞬だけ付き合ってた……」
「へえ~? 誰それ?」
菜摘さんがニヤニヤと覗き込んでくる。
私は慌てて招待状をしまいながら言った。
「とにかく。明日、行ってきます」
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■Scene02 光と水の幻想の中で
美術館の中央にある《スイミング・プール》は、いつ来ても幻想的。
地下の展示室から見上げると、水面越しに人が浮かぶように見える。
そこで私は、間宮晴人と再会する。
「久しぶりだね、美琴。君が女将になったって聞いて、驚いたよ」
「そっちも、相変わらずアーティスティックね」
その言葉の最中、美術館内に突然ざわめきが走った。
「モデルのファーリャさんが…いないんです!控室にも、館内にも姿が――!」
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■Scene03 消えた外国人モデル
失踪したのは、フィンランド出身の女性モデル、クララ・ファーリャ(28歳)。
「水の記憶」という写真作品に登場予定だった彼女が、開館1時間前から姿を消した。
館内は全館封鎖。関係者以外の出入りはない。
展示室は撮影準備のため一時非公開。鍵もかかっていた。
――まるで、彼女が「展示物の一部」として、作品の中に溶け込んだような消え方。
私は思わず、夫に連絡を入れた。
「ねえ、先輩。……また、事件かもしれない」
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■Scene04 アートと迷路のなかの影
調査に乗り出したのは、高橋悠真と森山刑事。
「この美術館って、展示のたびに構造が変わるんだよな」
「ええ。今回の展示では、反射素材の壁で迷路のような通路が作られていて……」
間宮の説明を聞きながら、私の胸に違和感が残る。
「ファーリャさんって、片言の日本語は話せるけど、方向感覚が少し苦手だったって聞いたの」
モデル仲間の証言。
そして、美術館のスタッフ用地下扉が、わずかに開いていた。
「もしかして…閉じ込められたまま?」
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■Scene05 ガラスの迷宮と“水の声”
展示室の地下。
開かずのドアを森山刑事がこじ開けると、そこにいたのは、意識を失いかけたクララだった。
「彼女、撮影のリハーサル中に、鏡の部屋で迷って転倒。非常扉が自動で閉まってしまって…」
倒れた衝撃で軽い脳震盪。声も届かず、発見が遅れた。
照明は間接照明のみで、誰もその“展示空間”に気づかなかった。
「本当に……展示の中に、消えかけてたのね」
ファーリャは救出され、命に別状はなかった。
しかし、この“事故”を隠そうとした美術館側の判断に、悠真は厳しい言葉を投げた。
「作品は命を超えちゃいけないんです。そこは、絶対に」
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■Scene06 夜の縁側、そして想い出
「怖かった……もし見つからなかったらと思うと」
美琴の声に、悠真は湯呑みを差し出した。
「大丈夫。君が気づいたから、彼女は助かったんだよ」
「昔みたいに……ドジだっただけかもしれないけど」
「俺、そんなところも好きだったけど」
ふと笑い合い、またひとつ距離が縮まった。
「今度、美術館じゃなくて、静かな場所にデート行こうか?」
「うん。……でも事件が起きなきゃ、ね」
2人の間に流れるのは、湯けむりのように柔らかい時間。
そして、次の事件が、またそっと幕を上げようとしていた――