第9話「ブリの港に沈む声 ―氷見、船上の凍死体―」
■Scene1:漁を終えた朝、船に残されたもの
富山県・氷見漁港。
12月初旬、名物「氷見寒ブリ漁」が最盛期を迎える中――
午前6時、ある漁船の船長が船上で死亡しているのが発見された。
遺体の状況:
•甲板の椅子に座った状態で凍死
•体には傷なし、飲酒の形跡もない
•ポケットに20年以上前の集合写真
通報を受けた富山県警は、死因を「低体温症」と見ていたが、
その死に不自然さを感じた氷見市役所の担当者が、
かつて事件を解決した“金沢の女将”に連絡を取る。
白石美琴と片桐刑事は、朝の氷見漁港へと向かう――
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■Scene2:凍る船上、語らぬ遺体
死亡したのは地元の漁師・福山康信・58歳。
長年氷見で漁を続けてきたベテランで、温厚な性格として知られていた。
だが、遺体が見つかった漁船「第八ともえ丸」は、
出漁したはずの時間より1時間以上早く港に戻っていたことが分かる。
「寒ブリの漁期に、一匹も水揚げがなかった漁船なんて聞いたことがない」
港で働く仲買人の男がそう呟く。
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■Scene3:古い集合写真に写っていたもの
福山のポケットにあったのは、
20数年前、氷見漁協の若手漁師10人ほどが並んだ写真。
その写真の中央にいたのは、
10年前に“海に転落して死亡した”とされている漁師・三枝良太。
「……まさか、あの事故のことを、まだ引きずってたのか?」
と語るのは、写真の中にも写っていた元同僚のひとり、
岩崎健児・61歳。
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■Scene4:“落ちた”のではなく、“落とされた”?
三枝の事故死について、美琴は旧新聞記事と当時の警察記録を調査。
そこには「酒に酔って船から転落」とあるが、
当時の船員2名の証言が明らかに食い違っていることが判明。
さらに最近、福山が港町の小料理屋に残していた“走り書きメモ”が発見される。
「ごめんな、あの夜――
本当は、見てた。
誰が押したか、全部……」
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■Scene5:氷見の海に沈んだ真実
片桐と悠真が防犯記録や出漁記録を再調査した結果、
福山は事件前夜に、当時の関係者3名と密かに再会していたことが判明。
その場で福山は、「あの事故は“転落死”じゃない、誰かが突き落とした」と話し、
全員に再調査を求めていた。
そして翌朝、福山は船の中で死亡――
同乗していたはずの他の2名は「彼は一人で船に泊まっていた」と供述。
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■Scene6:冬の海が語る声
港に吹く風の中で、白石美琴は最後の答えを語る。
「福山さんは、口止めされることを覚悟していた。
でも、氷見の海で死んだ彼が望んでいたのは――
“もう一度、あの写真に嘘がないように”ってこと」
福山の死は事故ではなく、
心臓に持病のあった彼が冷え込みと緊張の中で、自然死したというのが正式な見解となる。
だが、誰が“真実”を背負っていたかは、港町の仲間たちだけが知っていた。
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■Scene7:港の朝に残るもの
事件が幕を下ろした朝、美琴は悠真とともに港の食堂で寒ブリの味噌汁をすする。
美琴「……人は、海の音に紛れて、言いたいことを飲み込んでしまうのね」
悠真「でも、ちゃんと聴いてくれる誰かがいれば、
それは“遺された言葉”になる」
静かに湯気が立ち上り、今日も氷見の海には、新しい漁が始まる。