第8話「妻がいたはずの市場で ―きっときとの誓いはどこへ―」
■Scene1:買い物に出た妻が消えた
富山県射水市・新湊。
“きっときと市場”は観光客と地元民でにぎわう朝市の名所。
その日も、開店と同時に多くの客が訪れていたが――
午前10時30分、市場の中ほどで一人の男性が騒ぎ出す。
「妻が……妻が消えたんです! ここにいたのに、突然いなくなって!」
男性の名前は木谷優太・38歳。
同い年の妻・**麻衣子**とは、この日朝から一緒に買い物に来ていたという。
市場内の監視カメラ映像を確認するも、麻衣子がひとりで立ち去る様子も映っていない。
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■Scene2:不可解な“映像の空白”
依頼を受けて現地に駆けつけたのは、片桐刑事と美琴。
監視カメラは複数台あるが、そのうちの1台だけ、10時28分〜10時33分までの記録が途切れていた。
「まるで……誰かが“わざと”その時間だけ遮断したみたい」
市場内にいた証言者の話によると、
夫婦は仲睦まじく会話しながら歩いていたという。
だが、美琴が調べを進めると、麻衣子に関する**ある“控えめな噂”**が聞こえてきた。
「あの奥さん、最近どこかで見た気がして……
病院の掲示板で、“夫から逃げた女性”の話に似てた気がするんだけど」
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■Scene3:水産仲卸倉庫で見つかった手紙
市場の裏にある倉庫。
普段使われていない扉の隙間から、封筒に入った手紙が見つかる。
それは麻衣子の筆跡で書かれていた。
「もう限界でした。
あなたが“買ってくれたもの”が、私のすべてを奪っていく気がして――
でも、それを手放したくないあなたに、“殺される”と思ったの」
一緒に見つかったのは、パールのついた結婚指輪。
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■Scene4:語られなかった“束縛”
麻衣子は3年前にうつ病を患い、一時的に実家に戻っていた。
その際、実家から戻るように強く迫ったのが、夫・優太だった。
「“治ったふりをすれば”また戻れると思ってた。
でも、家に戻ってからは、もう……生きてる心地がしなかった」
監視カメラの途切れた時間、優太は麻衣子を連れて市場の裏通路に誘導し、
「また病院に戻るなら、俺と終わりだぞ」と強く迫ったと自白する。
「自分が“正しい”と思ってた。
でも、俺の“正しさ”が、あいつを……」
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■Scene5:小さな嘘と、大きな別れ
麻衣子はその後、自ら倉庫に入り、
鍵を閉めて身を潜めていた。
彼女の行動は「失踪」に見せかけた**“最期の決別”**だった。
「もう、“名前で呼ばれたくなかった”。
私はあなたの“妻”じゃなくて、“ただの私”でいたかっただけ」
麻衣子は保護されたが、すぐに弁護士を通して離婚の意思を伝えた。
美琴は去り際に優太へ一言だけ告げる。
「“愛”と“所有”は、似てるようで違うわ。
あなたは、彼女を“手放したくなかった”んじゃない。
“所有している自分”を、手放せなかっただけよ」
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■Scene6:港に吹く朝の風
翌朝、きっときと市場に再び訪れた美琴は、
港で地元の漁師たちの手伝いをしていた麻衣子の姿を見つける。
「風が冷たいんです。
でも、顔にあたる風って……自由って感じがして」
片桐が静かに呟く。
「人を“捕まえ続ける”のも、
そいつ自身が“孤独から逃げてた”だけかもな」