第5話「城の下、偽られた別れ ―春の堀端に遺された言葉―」
■Scene1:公園に横たわる女性の遺体
春の午後。観光客でにぎわう富山城址公園。
堀の脇にある芝生エリアで、若い女性の遺体が見つかる。
年齢は20代後半。服装は私服で、バッグや所持品に乱れはなく、
現場には酒の空き缶と、スマホのカメラモードが残されていた。
自殺の線が濃厚とされたが――
最初に違和感を抱いたのは、現場に派遣された刑事・高橋悠真だった。
「彼女、自分で撮った写真が1枚もない。
でも“撮影された側”の写真だけが保存されてる」
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■Scene2:夫婦捜査官、現場に立つ
悠真の要請を受けて、美琴も現場に同行する。
ふたりのやり取りは、言葉数少なくとも自然で、警察関係者からは「阿吽の呼吸」と評判だった。
悠真「……何か気になる?」
美琴「うん。この人、スマホの指紋が全然合わない。
“誰かが彼女のスマホを使ってた”わ」
さらに、スマホのデータ復旧から浮かび上がったのは、交際相手の存在――
富山市内に住む大学講師、中園亮介(32)。
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■Scene3:“彼女は僕のストーカーだった”
事情聴取に応じた中園は、驚くべき供述をした。
「彼女とは付き合ってません。
一方的に好意を向けられて困っていたんです。
正直、気味が悪くて――連絡も絶ってました」
しかし、美琴は中園の部屋にあった自作短歌ノートに目を留める。
「遠くなる 君のまなざし 春の堀 言えぬ痛みを 水面に映す」
「……本当は、付き合ってたのね。
でも別れたのは、あの人のほうじゃなかった」
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■Scene4:真実を映した“裏の映像”
悠真は、女性のスマホに残されていた動画の中から、
わずか3秒の反射映像を解析。
その中には、堀の水面に映る中園の姿と、彼女に手を振るシルエットが――
しかも、彼の右手にはお酒の缶が2本握られていた。
悠真「……一緒に飲んでたな、これは。
あいつ、自分で“缶が落ちてた”って言ってたのに、これは矛盾してる」
中園は追い詰められ、静かに口を開いた。
「彼女は、僕との未来を“残したかった”みたいなんです。
だから一緒にいた夜に、“写真を撮って”って……
でも僕は、それを“迷惑”だって思って、突き放した。
翌朝、彼女はいなくなってました……」
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■Scene5:堀の水面に浮かぶ“沈黙の選択”
中園は法的に“殺してはいない”。
だが、彼女が最後にすがった言葉を切り捨てたことは、
彼自身が最もよく知っていた。
美琴「あなたの言葉は、“死因”にはならなかった。
でも、“死を選ばせるほど冷たかった”のね」
最後に彼女が残したメモには、こうあった。
「春の堀に、あなたが映っていた。
たとえ手が届かなくても――
私は、最後まであなたを見ていた」
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■Scene6:夫婦の静かな夜
事件を終えて金沢へ戻った夜。
旅館の帳場で、美琴が帳簿を閉じながら呟く。
「人を突き放すって、時に暴力と同じくらい――残酷ね」
悠真がそっと手を重ねる。
「だから俺は、ずっとこうしてる。
お前が何も言わなくても、傍にいるって決めたから」
ふたりの間に流れた沈黙は、深く、穏やかだった。