第4話「立山に消えた男 ―名を失くした登山者の謎―」
■Scene1:登山口に遺された“ノートとカップ麺”
立山黒部アルペンルートの一部、
標高2000mを超える室堂平へ続く登山道の中腹にある山小屋で、春先の雪解けと共にひとりの男性の遺体が発見された。
発見時の状況:
•小屋のベンチに座るような姿勢で凍死
•所持品に身分証は一切なし
•ただし、カップ麺・ペットボトル・登山日記は持っていた
日記にはこう書かれていた。
「名前を捨てて山に来た。
ここでは、“誰でもない自分”でいられる。
誰かがこのノートを読む頃には、もう戻らないつもりだ」
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■Scene2:“名なし”をたどる者たち
この不可解な遺体に、富山県警は事件性なしと判断したが――
近隣の登山関係者から、「名前を名乗らず泊まった男」との証言が複数寄せられたため、片桐刑事に照会が来る。
片桐は美琴とともに現地を訪れる。
「こんなに人がいない時期に登るなんて、普通の人間じゃねぇよ。
“何か”から逃げてたか、“何か”を探してたか――どっちかだ」
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■Scene3:小屋に届いていた“もうひとつの手紙”
山小屋の管理人が保管していたポストの中に、無記名の封筒が届いていた。
中には、短い手紙と折りたたまれた写真が入っていた。
「あの人を許せない。
でも、あの人がここにいれば、わたしは“過去”を閉じられると思った」
写真には、幼い姉弟と中年男性の3ショット。
後に、美琴が手がかりとして辿り着いたのは――
富山県高岡市のとあるDV事件の記録だった。
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■Scene4:名前を捨てた“加害者”
その事件の加害者と一致するのが、今回の遺体――
かつて家庭内暴力を繰り返していた元父親・滝田宗一郎。
5年前、保護命令が出されたのちに失踪。
全国に指名手配されるような罪ではなかったが、「社会的には抹消」されていた存在。
「……自分で“罪の重さ”を理解してたんでしょうね」
と美琴は言う。
「だから、誰にも会わず、名を捨てて、ただ……消えたかったのよ」
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■Scene5:山の上で終わった贖罪
あの日記の最後のページには、こう書かれていた。
「もし、娘や息子が見つけてくれたなら。
“お前のことを忘れたわけじゃない”ってことだけは伝えてほしい。
あの夜、声をかけることができなかったことを、何より後悔してる」
その夜、美琴は山小屋のベンチにひとり腰かけ、外の風を感じる。
「……たぶん、最後まで“謝る勇気”はなかったのね。
でも、“この山を墓に選んだこと”だけが、あなたの誠実さだった」
片桐が無言で肩を叩く。
「名を捨てて、死ぬために登った山か。
だけど、こうして見届ける誰かがいる限り――
“無名”にはならねぇんだよ」