特別編「風に消えた記憶 ―八尾町・昭和の失踪事件簿―」
■Scene1:資料館の“昭和の記録”
富山県・八尾町の歴史資料館。
片桐刑事は、由梨失踪事件の記録を探る中で、ふと目を止めた。
「昭和60年・八尾町 少女失踪事件」
【当時の新聞記事】
“おわらの夜、風に導かれて少女が失踪。町内は騒然。今なお行方知れず”
写真には、三味線の練習風景と、あるひとりの少女の姿。
名前:三浦さやか(みうら さやか)・当時12歳
「“音が導いた”って言葉……あの由梨ちゃんと似てるな」
⸻
■Scene2:彼女が消えた夜
昭和60年8月末。
おわら風の盆の最終日、踊りが終わった直後に彼女は家を出た。
目撃情報は2件のみ:
1.町の坂の途中で、ひとりで何かに聞き入る姿
2.小さな橋のたもとで、踊りのように揺れながら歩く後ろ姿
そしてそのまま、消息を絶った。
⸻
■Scene3:姉の証言と“音の記憶”
現在、60代になった三浦さやかの姉・三浦律子が、美琴と片桐に語る。
「妹はね、音にとても敏感だったんです。
子どもの頃から、“誰もいないのに笛が聞こえる”とか言ってて……
親は笑ってたけど、私は少しだけ、本気で怖かった」
彼女の証言によると、さやかは失踪の1週間前、こんなことを言っていたという。
「昔の人が呼んでる。踊りに来て、って。
お姉ちゃんは聞こえない? この音――すごく優しいのに、涙が出るの」
⸻
■Scene4:過去と現在が交差する橋
美琴と片桐は、さやかの最後の目撃地である橋のたもとを訪れた。
夜、風が吹き抜け、誰もいないはずの道に――三味線のような音がわずかに響いた。
美琴は思わず呟く。
「……これが、聞こえた“音”?」
だがその音は、空き家の木の扉が揺れて出る偶然の共鳴だった。
「彼女は――“音が導いた”んじゃない。
“音を信じる心”が、彼女を遠くに連れて行ったのかもしれないわ」
片桐が静かに言った。
「でも、いなくなったままで終わりじゃねぇ。
誰かがこうして記憶してる限り、“消えた”とは言わねぇんだよ」
⸻
■Scene5:最後の手紙と、風の答え
資料館の倉庫で、律子が保管していた古い文箱が見つかる。
中には、さやかが小学校の自由帳に残した“最後の言葉”が。
「風はね、昔の音を運んでくるよ。
私が大人になったら、戻ってくるね。
それまで、音が消えないようにしててね」
律子は静かに微笑んだ。
「……まだ帰ってこないけど、きっと、どこかで音を聞いてるはずです」
⸻
■Scene6:そして、由梨へ
美琴は後日、滝口由梨にこう語る。
「あなたが聞いた音も、きっと“偶然”じゃない。
そこに、想いがあったのかもしれないわ。
音ってね、“誰かの気持ち”が形を変えたものだから」
由梨は、小さく頷いた。
「私、もう少し三味線を練習してみます。
あのとき聞こえた音に、近づけるように」