第29話「曇り空の予感 ―小さな靴と消えた観光客―」
■Scene1:曇天の朝と、失踪の報せ
春の中頃。
テルメ金沢の帳場で、美琴が新聞をめくっていたとき、宿泊中の観光客の男性が駆け込んできた。
「すみません……妻が、昨夜から戻ってこないんです……!」
男性の名は桐谷大悟。
失踪したのは妻の桐谷沙良、30代。二人は東京から観光で来ていた。
「昨夜、21時ごろ“ちょっと散歩してくる”と宿を出て、それっきりなんです……」
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■Scene2:靴だけが残された交差点
翌朝。テルメから数キロ離れた小道の交差点に、女性ものの靴とスマホが揃えて置かれていた。
片桐刑事と高橋悠真も合流し、捜査本部が設置される。
「整然と置かれすぎてる。……これは、“誰かが意図的に残した”と見た方が自然だな」
美琴は靴のサイズと靴底の汚れ方から、歩いた距離が短いことに気づく。
「……この靴、“車で移動した人”が脱いだ跡よ」
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■Scene3:ドライブウェイへ向かった記録
沙良のスマートフォンから、最後に再生された地図アプリの経路が判明する。
最終地点:千里浜なぎさドライブウェイ
「――海岸沿い? なんでそんな場所を?」
さらに防犯カメラには、21時過ぎに1台の黒いSUVが西へ向かって走る姿が映っていた。
ナンバーは隠され、運転者の顔も見えない。
だが、美琴はある言葉を思い出す。
「“波の音が一番落ち着く”って、沙良さん、昨日の食事中にぽつりと言ってたの」
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■Scene4:夜の帳場に、残された鍵
事件の夜、美琴は帳場でひとつの“忘れ物”に気づく。
それは、もう一つの宿泊部屋の鍵。
予約名は「笹原恭平」――
しかし、この人物はチェックインしていなかった。
「……“ダミー予約”か、それとも……?」
片桐刑事が静かに呟く。
「潮風に紛れて“姿”を消すやつもいるが――
海は、全部を呑んだりはしねぇんだ」