第28話「雪解けの集落にて ―“消えた婚姻届”と誰もいない家―』」
■Scene1:山間からの手紙
三月末。白山の雪がようやく緩み始めたころ、
テルメ金沢に一通の手紙が届いた。
「白石美琴様
ご無沙汰しております。
私は、以前旅館に宿泊させていただいた者です。
白山の麓にある“村尾集落”にて、一人暮らしをしておりますが、
昨日、“隣家に誰もいないのに灯りがともっている”のを見ました。
……あれは、おかしい。どうか、見に来ていただけませんか」
送り主は、数年前に美琴が接客した高齢の女性――秋津泰子。
美琴はすぐに片桐刑事に連絡を取り、現地へと向かう。
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■Scene2:静かな集落、灯る“空き家”
白山の麓――かつて炭焼きや養蚕で賑わったが、今はほぼ無人の村尾集落。
その中で唯一の明かりがともる家。
そこに、秋津の言う「人の気配」は確かにあった。
だが、玄関には鍵がかかっておらず、中には婚姻届が1通、丁寧に置かれていた。
宛名はこう書かれていた。
「新田健吾 と 水沢舞花」
どちらの名前も、戸籍に存在していなかった。
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■Scene3:雪解けの下に眠るもの
翌日、周辺を調査していた片桐刑事と地元警察は、
家の裏の斜面で、雪の中から指輪をはめた左手を発見する。
「……新田健吾。存在しない名で婚姻届を残した人物が、“本当に”いたのか」
さらに、古びたロフトから白黒の集合写真が見つかる。
そこに写っていたのは、健吾と舞花に酷似した若い男女。
裏には、こう書かれていた。
「昭和38年 村尾集落 最期の婚礼」
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■Scene4:山の記憶と、語られなかった別れ
地元に残る古老の語りによれば――
「あの二人は、村で一番仲のいいカップルだった。
でも、家の格差で結婚を許されず、舞花は金沢に出された。
健吾は、“この家を再び灯して待つ”って言ってたが……
結局、再会は叶わなかった」
「じゃあ、この灯りは……?」
高橋悠真が合流し、鑑識と共に調べた結果、灯りは数日前に誰かが外部から点けた痕跡があった。
「誰かが、“ふたりを再び結ばせるために”、この婚姻届を残しに来た」
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■Scene5:届かなかった誓いと、風の中の指輪
山裾の神社跡で、第二の発見があった。
古びた祠の中に、もうひとつの指輪と、紙片が添えられていた。
「あなたが待っていたあの家に、
わたしはやっと戻ってこれた。
でも、あなたはもう――どこにもいなかった。
せめてこの手紙だけでも、春の風に乗せて
届きますように」
「……舞花さんは、生きて戻ってきていた。
でも、健吾さんはすでに……」
そして婚姻届の日付は、偶然ではなかった。
“舞花が集落を出されたちょうど50年後”だった。
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■Scene6:静かな春、灯りを繋ぐ者
金沢に戻った夜。
美琴は帳場の灯りを見つめながら、ぽつりとつぶやく。
「この旅館も、“戻る場所”であればいいな。
誰かが忘れてしまった約束を、静かに待つ場所で」
悠真がそっと寄り添い、片桐刑事がいつもの調子で言う。
「……じゃあ、俺はその灯りが消えんように、また見回りでもするか」
三人の笑い声が、帳場に響いた。