第25話「干拓地に咲いた嘘 ―河北潟、沈む夕日と“偽りの目撃者”―」
■Scene1:農道に横たわる“帽子”
河北潟――金沢市と内灘町にまたがる、干拓地の平野。
夕方、近くの農道で女性の帽子だけが落ちているのを、通りがかった農家が発見。
その周囲には、かすかな靴跡と引きずられたような跡。
翌朝、白石美琴のもとへ一本の電話が入った。
「すみません。……姉が、“河北潟の夕焼けを見に行く”と言ったきり、帰ってこないんです」
依頼人は、**安藤 翼**という若い男性。
行方不明の姉の名は、安藤 遥香、28歳。
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■Scene2:“夕焼けの女”という噂
美琴と片桐刑事は河北潟へ向かう。
地元では近年、“夕焼けの女”という都市伝説が囁かれていた。
夕暮れにひとりで歩く女性の背中を見た者は、**必ず“嘘をつかされる”**という。
調査中、ある高齢の男性が語った。
「先週も“赤い上着の女”が干拓地を歩いてるのを見たよ。
……でも、よく考えると顔はまったく思い出せない。不思議だよなぁ」
美琴は空を見上げる。
「“忘れられる記憶”……それこそが、嘘の始まりなのかも」
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■Scene3:空き小屋と残された手紙
干拓地の奥――管理されていない小屋の中で、遥香のものと思われるリュックが発見される。
中には、1冊のスケッチブックと、折りたたまれた手紙。
「この空は、全部“偽物”だった。
私が見たあの赤い空も、声も、やさしさも。
でも、あの人の“嘘”だけは、どうしても信じたかったの」
スケッチには、赤い空と、“背中を向けた女”の姿が繰り返し描かれていた。
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■Scene4:兄の秘密と、仕組まれた“証言”
依頼主の翼が、警察の事情聴取で語った内容に、美琴は違和感を抱く。
「姉は恋人の嘘に傷ついて……って言ってたけど、
その恋人、“3年前に結婚して家庭を持ってる”って、すでに姉は知っていたんです」
「……あなたが“何か”を隠してるのね?」
やがて判明する――
遥香は失踪前、兄・翼の“とある借金”を肩代わりしていた事実。
そして、実際には彼女が干拓地に向かった目的は、身を隠すためではなく、
“最後に弟に真実を語ろうとしていた”ということだった。
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■Scene5:見つかった姉と、背中の女
日没直前、干拓地の端にある用水路脇で、遥香は無事に発見される。
疲労は激しいものの、命に別状はなかった。
「……最後にもう一度、あの空を見て、“嘘じゃなかった”って信じたかったの」
そして彼女が語ったのは、こうだった。
「あのとき、“赤い服の女”が、後ろから私を押したんです。
でも……その顔が、私と同じだった」
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■Scene6:誰の嘘が、誰を救ったか
旅館に戻った夜――
美琴と片桐は、河北潟の地図を前に静かに語り合う。
「“嘘”って、いつも誰かを傷つけるわけじゃない。
時には、“守るため”についてしまうものもある」
「でも、守ったつもりが、誰かを迷わせることもあるんだな」
美琴は一枚のスケッチを壁に貼る。
それは、赤い夕空の下で並んで歩く“ふたりの女性”が描かれていた。
その背中が、少しだけ――微笑んでいるように見えた。