第24話「加賀友禅の女 ―その色、語らぬ遺言―」
■Scene1:一枚の反物と“動かない女”
金沢市内、加賀友禅会館で展示会が開かれた日の午後。
館内の展示室で、ひとりの女性が倒れているのが発見された。
彼女は、美しい紅椿柄の加賀友禅の着物をまとっていた。
呼吸はある。
意識もある。
だが――一言も話さない。目すら動かさない。
警察の要請により、白石美琴と片桐刑事が現地に向かう。
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■Scene2:謎の女性“月島紗江”と、その手帳
倒れていた女性の身元はすぐに判明した。
名前は月島紗江、28歳。東京都在住のOL。
金沢には観光目的で一人旅に来ていたというが――
手帳のメモには、以下の不可解な記述があった。
「“ここで死ぬ”ことが、いちばん美しい。
色に染まって、私はただ静かに終わりたい――」
それは“未遂の自殺”とも読めたが、検査の結果、薬物反応は一切なかった。
「……なら、なぜ彼女は“意識を保ったまま”、すべての反応を止めたの?」
美琴は、彼女が身にまとっていた加賀友禅の柄に注目する。
「“紅椿”――冬に咲く花。でも、この柄は……“喪服”に近い表現」
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■Scene3:“沈黙”と“色”のメッセージ
加賀友禅会館の館長は語った。
「この柄は……15年前に事故で亡くなった作家・三輪葉月が、最後に仕上げた意匠です。
しかも、その“最初の受注者”が月島紗江さんの母親だったことが、記録にあります」
三輪葉月――志半ばで亡くなった、孤高の染色家。
彼女の作品は、感情や言葉を“色”で表現すると言われていた。
美琴は確信する。
「月島さんは、“言葉じゃない方法”で何かを訴えている」
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■Scene4:色で読む“遺言”
美琴は、染色の資料をすべて読み込み、加賀友禅の“色の記憶”に迫る。
紅椿の柄――
しかし、花の中心が、通常の“黄色”ではなく、灰青色に染められていた。
「これは……“死ではなく、残された者への祈り”を表している色」
さらに、月島紗江の持ち物から亡き母の遺品と思われる未開封の手紙が見つかる。
「さえへ。私が死んだとき、最後にあなたに託したのは“言葉ではなく、意志”です。
いつかあなたが“色の意味”に気づいたとき――そのときが、“あなたの再生”の時だと信じています」
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■Scene5:美琴の声と、目覚めの一滴
美琴は、月島の病室を訪れ、静かに語りかけた。
「あなたのお母さんは、最後まで“声”ではなく“色”であなたを守ろうとした。
そして今、あなたが沈黙の中で選んだのは、“死”じゃなく“理解”だった。
……だからもう、目を開けて。
“あなたが見たかった色”は、もう――ここにあるわ」
そのとき、紗江の目尻から一筋の涙が零れた。
「……お母さんの……着物……だった……」
それが、彼女の“目覚め”だった。
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■Scene6:紅椿の柄と、女将の言葉
後日――
紗江が感謝のためにテルメ金沢を訪れた。
「……言葉じゃなくても、伝わるものがあるんですね。
色や、空気や……そういうものも、家族だったのかもしれない」
美琴は笑って答えた。
「私たちの旅館もね。
“癒す言葉”より、“静かな空間”のほうが、救うこともあるの」
廊下の隅、壁に飾られた一枚の反物――
そこには、美琴が譲り受けた“紅椿”の柄が、静かに色を灯していた。