第23話「湯涌温泉 幽かな鈴の音 ―消えた仲居と、ひと晩だけの仮予約帳―」
■Scene1:旧知の宿からの招き
ある夜、テルメ金沢の若女将・白石美琴に届いた一通の封書。
「白石様 お久しぶりです。
湯涌温泉『鈴乃宿』の女将・**香川千佳**と申します。
当館の仲居・**村瀬志帆**が、昨夜を最後に姿を消しました。
最後に話していたのが“あなたに似た人が来た”という不思議な言葉でした。
ご相談に乗っていただけませんか」
湯涌温泉――金沢の奥座敷と呼ばれる静かな温泉郷。
テルメとは真逆の、静謐で格式のある宿。
「“私に似た人”?……気になるわね」
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■Scene2:鈴乃宿と、欠けた予約帳
美琴が片桐刑事とともに「鈴乃宿」を訪れると、香川女将が出迎えた。
「志帆は真面目な子で……数ヶ月前、ある女性客と一晩中話し込んでいたんです。
その翌日から、様子が変わりました」
問題は**“仮予約帳”**。
志帆が記入していた予約帳の1ページだけが、破り取られていたのだ。
「日付は、昨日のもの。
でも、予約履歴にも、記録にも、そのお客様はいません」
そして、志帆の最後の言葉。
「あの人、“美琴さん”にすごく似てた」
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■Scene3:旧浴場の秘密
旅館の一角に、今は使われていない“旧浴場”があった。
夜の見回りの最中に、志帆はそこに長く留まっていたという。
美琴と片桐が踏み入ると、どこか懐かしい香が漂っていた。
「これ……テルメで使ってるお香と、同じ?」
そして、湯船の淵には、“誰かの手形”が薄く残っていた。
「誰かが、ここで志帆さんを“待っていた”……?」
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■Scene4:志帆の部屋と、“私宛”の手紙
志帆の部屋から、美琴宛ての封筒が見つかる。
「白石さんへ。あなたに会ったことはありません。
でも、あの女性と話しているうちに、“あなたのようになりたい”と思ったんです。
わたしの選んだ道が間違っていたら、ごめんなさい。
でも、今度こそ“誰かを癒す人”になりたくて……」
部屋には、テルメ金沢のパンフレットが数枚置かれていた。
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■Scene5:川辺に響いた鈴の音
翌朝、湯涌川沿いを歩いていた近隣住民から通報があった。
「橋の下で、“女の子のような声”が聞こえたんだよ。
そのあと、“鈴の音”が一度だけ……」
美琴と片桐が向かうと、川辺の岩陰に、志帆がうずくまっていた。
「……誰にも、会わせる顔がないと思って。
でも、最後に見た夢の中で、あなたが笑ってくれたんです」
志帆は混乱していたが、意識ははっきりしていた。
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■Scene6:姉女将と、若女将の対話
帰り道。香川女将がそっと美琴に言う。
「“似ている”というのは、顔じゃないのかもしれませんね。
あなたのように“誰かに灯を灯せる”人間になりたいって、志帆が憧れていたんです」
美琴は静かに答えた。
「私はまだまだ“灯せる側”じゃありません。
でも、今日みたいな夜を超えられたなら――少しだけ、“照らせる”気がしました」
山間に沈む夕陽の中、若女将の背中が、ほんの少しだけ大きく見えた。