第21話「彼女は、朝市にいなかった ―輪島から届いた最後の手紙―」
■Scene1:失踪届と一本の電話
ある朝、テルメ金沢の帳場に電話が鳴った。
応対した白石美琴の耳に、聞き覚えのある声が届く。
「……お久しぶりです。輪島でお世話になった日下部理奈と申します。
すみません……妹の**美優**が、今朝から行方不明で……
最後にいたのは――輪島の朝市なんです」
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■Scene2:北へ向かう車中、美琴の記憶
輪島へ向かう車内で、美琴は数年前のことを思い出していた。
宿泊客だった理奈と美優姉妹。姉はしっかり者で、妹は内向的な印象が強かった。
「“朝市”って、そんなに人が集まるの……?」
横に座る片桐刑事が、ぼそりと呟く。
「朝市の裏通り――観光客の陰で、闇取引があったって話もある。
それと、行方不明の時刻……朝の5時半。まだ薄暗い時間だ」
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■Scene3:誰も知らない“彼女”
輪島朝市。
約350m続く露店通りに、地元客と観光客の波が押し寄せる。
美琴は出店者に聞き込みを行うが、美優を「見た」と証言する者は誰もいなかった。
「あの子は……“この町の空気”に、最初から馴染んでなかったんじゃないかな」
海産物店の老婆がぽつりと呟いたその言葉に、美琴はひっかかりを覚えた。
「町に“なじまなかった”……?」
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■Scene4:海風と一通の手紙
夕刻。美優の部屋から、未投函の手紙が見つかる。
宛先は姉・理奈。
「お姉ちゃんには、言えなかったけど……
私、本当は“誰かに見つけてほしかった”の。
“透明”じゃなくて、“私”として――
あの朝市の、海風の匂いが、それを思い出させてくれた気がするの」
「これは……“消える”前に書いた手紙……?」
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■Scene5:見つかった影と、潮のにおい
翌朝、港に繋がる裏路地――
一軒の廃屋で、美優は無事に発見される。
失神していたものの、命に別状はなかった。
傍らには、小さな缶詰と、古いポストカードが落ちていた。
「“ここでなら、自分を忘れられると思った”って……
彼女、そう言ってたの」
美琴は美優の手を握りしめた。
「あなたが“見つけてほしかった”声、ちゃんと届いたよ」
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■Scene6:帰路と、新たな灯り
金沢へ戻る車内。
美琴は手紙を胸に抱えながら、つぶやいた。
「この旅館も、そうでありたい。“自分を見つけ直せる場所”でありたい」
「……女将ってのは、ほんと、休む暇ないな」
隣で片桐刑事が小さく笑った。
彼女の目には、輪島の潮の光が、まだ淡く揺れていた。