特別編『金沢・能登・越中連環殺人事件―』
第二章:風光と影の巡礼編 ―
朝霧が立ち込める金沢の街。
白い息を吐きながら、美琴は旅館「テルメ金沢」の玄関に立っていた。
手には、一本の電話のあとで握りしめたままのスマートフォン。
声は、震えていた。
「……おばさんが?」
応対していた仲居の佐藤菜摘が、ふと手を止めて静かにうなずいた。
「さっき、病院から連絡がありました。昨夜、容体が急変して……」
静かに、しかし確かに、旅館の時が止まった。
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Scene1:別れと、女将の継承
一週間後、雪が舞う日。
叔母の葬儀は厳かに行われ、金沢の名士や常連客が列席した。
火葬の煙が空へと溶けていく中、美琴は黙って空を見つめていた。
隣に立つのは、夫の高橋悠真。刑事として、そして彼女の支えとして常に寄り添ってくれる人。
「……これから、どうする?」
「私は、帰るよ。テルメに」
「美琴……」
「私が帰らなきゃ。あの場所の灯、消えちゃうから」
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夜、旅館の帳場で、美琴は仲居頭・佐藤菜摘に向き合っていた。
「私が事件で外へ出る時は、支配人や厨房のことも、菜摘さんにお願いします」
「かしこまりました。けど、仮女将はどうなさるのですか?」
「――美羽に、頼みます」
少し離れた場所に立っていた妹・美羽が、驚いた顔で目を見開いた。
「わ、私が……仮女将?」
「私がいない間、旅館を守ってほしい。大丈夫、菜摘さんたちが支えてくれるから」
美羽は俯いたまま、しばらく黙っていた。
けれど、その口から出た言葉ははっきりとしていた。
「……うん。やる。私、やるよ。姉さんが帰ってくる場所、守ってみせる」
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Scene2:差出人不明の手紙
翌朝、美琴宛に一通の封筒が届いた。
筆跡は達筆だが、どこか震えるような筆遣い。
差出人の名前はなく、内容はこうだった。
“あの事件は、終わってなどいない。
真相は、駅裏の旧家跡に。
貴女にしか、解けない。”
美琴はその場に立ち尽くしながらも、封筒を握りしめた。
「駅裏……旧家……」
そして、そっと背後にいた夫・悠真に視線を送った。
「行くしかないわね。放っておけない」
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Scene3:ふたりとひとり、再び歩き出す
金沢駅近く、鐘の音が微かに聞こえる静かな小道。
美琴は、コートの襟を立てながらふたりの男性を見上げた。
「ありがとう、片桐さん。付き合ってくれて」
「なんの。あんたの祖母には世話になったからな。ついでに昔の勘も、久々に試してみたくてな」
――片桐勇作。石川県警のベテラン刑事であり、美琴の祖母の幼馴染。
そして、悠真の従兄でもあるという少し複雑な間柄。
「俺も行くよ。君を1人にはしない」
悠真がそっと美琴の手を取る。
その手には、凛とした温もりがあった。
「行こう。真相が、まだそこにあるなら」
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Scene4:仮女将・美羽の一日
その頃、テルメ金沢では――
慣れない帳場で、美羽が客の対応に追われていた。
仲居たちのミスを菜摘が厳しく指導しつつ、美羽のフォローも欠かさない。
「次は朝食の配膳指示です、美羽様」
「は、はいっ!」
緊張しながらも、懸命に旅館を支える妹の姿がそこにあった。
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Scene5:再会、そして旅の始まり
その夜、事件の手がかりを一旦追い終えた美琴たちは、旅館へ一度戻ってきた。
帳場に立つ美羽は、真っ直ぐに美琴を見た。
「おかえり、姉さん」
「ただいま、美羽。……ありがとうね、頑張ってくれて」
美羽は笑った。
少しだけ、女将の顔になっていた。
「いってらっしゃい、姉さん。私は、ここを守るから」
美琴は笑顔で頷いた。
「じゃあ、私たちはもう一度、あの影を追いに行くわ」
美琴、悠真、片桐。
三人の背中が、再び金沢の夜の街へと消えていく――
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