特別編『出生の真実と再訪者の謎』
Scene1:ある手紙と、朝の来訪者
金沢の朝は、ゆっくりとした湯けむりに包まれていた。
旅館・テルメ金沢の若女将、美琴は、いつものように帳場で一日の準備を整えていた。
その手元に、見慣れない封筒が置かれていたのは、前夜のことだ。
「……差出人、なし?」
筆跡はどこか懐かしく、美琴は封を切る。
中には短い一文と、古びた写真が一枚――
そこに写っていたのは、まだ幼かった美琴と美羽、そして……見知らぬ女性だった。
「あの人に、もう一度会ってほしい。私は……あなたの母ではない。」
その瞬間、玄関のチャイムが鳴る。
現れたのは、年配の女性と、その後ろに控える30代の女性だった。
「ご無沙汰しております。私、**岸田志乃と申します。こちらは娘の瑠海**です。
……昔、この旅館で働いていた者です」
美琴の胸に、得体の知れない鼓動が高鳴る。
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Scene2:記憶の中の女中部屋
志乃と瑠海を応接間に通し、お茶を淹れる美琴。
志乃は静かに語り始める。
「美琴さん、お母様……いえ、律子さんには本当に世話になりました。
けれど、あなたの“生まれ”について、きちんと話す機会が、今までなかったと思って……」
瑠海が差し出したのは、20年以上前の日記だった。
《1999年4月17日 “ふたり”が来た。
一人はあの人の血を引き、一人は……。
けれど、どちらも愛しい。名前は――美琴と美羽。》
日記の主は、旅館の先代大女将――すなわち、美琴の祖母だった。
そして志乃が語る“もう一人の母”の存在。
彼女こそが、かつて旅館で身を隠すように暮らしていた女性、山岡詠子。
彼女が産んだ子――それが、美羽なのだという。
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Scene3:美羽の選択、美琴の動揺
夜。浴衣姿の美羽が帳場を訪れる。
「ねぇ、美琴。……もしかして、私たち、本当は“血のつながり”がないの?」
静かに頷く美琴。
志乃の来訪以降、家の空気はどこか張り詰めていた。
「それでも、私にとっては妹だよ。血なんか関係ないって、ずっと思ってきたから……でも、ちょっとだけ、揺らいじゃった」
美琴は、そっと美羽の肩に手を置いた。
「私も同じ。だからこそ、ちゃんと話す。……あなたの母親が、もしかしたら、まだどこかにいるって」
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Scene4:詠子からの“もう一通の手紙”
その夜、美琴の部屋の窓辺に、もう一通の手紙が置かれていた。
誰にも気づかれずにそっと差し込まれたもの。
「美琴へ。あなたと美羽のどちらかを選べなかった、私の弱さを許してほしい。
本当は、あなたにも母でいたかった。だけど、それはできなかった。
詠子」
添えられていたのは、ふたりの赤ん坊を抱いた詠子の若き日の写真。
そこには、確かに美琴と美羽がいた。
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Scene5:朝焼けと再訪者の帰路
翌朝、志乃と瑠海は旅館を後にする。
「詠子さんは……今、能登の小さな村に暮らしています。人前には出ませんが、きっと美琴さんたちのこと、ずっと見ていたと思います」
駅まで見送る途中、美琴は静かに尋ねた。
「私たちが、詠子さんに会いに行くことは、迷惑になりますか?」
瑠海は微笑んだ。
「いいえ。むしろ、あの人が“待っていた”のは、今なんだと思います」
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Scene6:私たちの名前を呼んだ声
旅館に戻る道すがら、美琴はふと空を見上げた。
雪解けの空に、春の気配が滲んでいる。
そのとき、どこからか聞こえてくる声――
「……美琴、そして、美羽――」
たしかに、それは母の声だった。
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― To be continued ―
次回『テルメ金沢殺人事件簿 ―再会と覚醒の冬編―』へ続く。