第19話「旅館の“地縛”と再建計画 ―老舗との対立と失われた井戸―」
■Scene01 【改築の相談と“地中の謎”】
「美琴さん、もしそろそろ――旅館の一部を改修するなら、補助金の申請は今がチャンスです」
市から建築担当者がやってきた。
母屋の老朽化、配管の更新、耐震強化…私も気にはなっていた。
「でも、うちの旅館には…“触れちゃいけない場所”があるって、祖母がよく言ってて」
「それって、もしかして――“井戸”の話じゃないですか?」
そう言ったのは、美羽だった。
かつて祖母が帳面にだけ記した、“本来地図にはないはずの場所”。
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■Scene02 【封じられた井戸と“地縛”】
旅館裏の竹林。その奥に、封じられた石の祠があった。
「昔、火災のときここから“黒い煙”が上がったって噂があって……
以来、誰も近づかないようにしてたんです」
悠真が資料を調べ、ある記録を見つけた。
「明治23年 火災/旅館裏井戸に客3名転落 死亡」
「その後、井戸は封鎖。当主、精神錯乱の末、他界」
以来、“その井戸を掘り返したら災いが起きる”という話が、代々伝えられていた。
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■Scene03 【対立する老舗旅館「鶴屋」】
再建の話が出ると、隣町の老舗旅館「鶴屋」から横槍が入った。
「テルメ金沢が補助金を取れば、うちが弾かれる。
それに、地盤が不安定な場所で無理に再建なんて――また“災い”が起きるだけですよ」
鶴屋の若女将・**小早川綾音(こばやかわ・あやね/34歳)**は冷たく言い放った。
美琴は応えた。
「でも――未来を閉じ込めるために、“過去”を崇拝するつもりはありません」
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■Scene04 【決断と発掘】
再建を決めた美琴と悠真は、祠の下に封じられた井戸を開いた。
中から出てきたのは、炭化した井戸蓋と陶器の鈴、そして濡れた帳面。
祖母の筆跡でこう書かれていた。
「誰も悪くない。ただ、逃げられなかっただけ。
ならば、封じるのではなく、“祈る”ことを忘れずに」
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■Scene05 【新たな湯が沸く】
改築後、テルメの中庭に**“慰霊の湯”**として小さな源泉が作られた。
封じるのではなく、祈りを捧げる空間へと生まれ変わった。
「過去は、けっして消せない。でも、形を変えて寄り添うことはできる」
開湯式の日、鶴屋の綾音もやってきた。
「……見直したわ。あなたの旅館、ただの“温泉施設”じゃないのね」
「うちの自慢は、湯じゃなくて――人の想いなんです」
ふたりは微笑み合った。
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■Scene06 【そして家族の夜】
その夜、赤ちゃんが初めて笑った。
「見て、悠真……ほら、笑った!」
「ほぉ、将来は接客上手な看板娘かな」
茜もそっと頭を撫でながら言った。
「わたしね、この旅館の子でよかったよ」
その言葉が、一番嬉しかった。
灯が揺れる帳場に、美琴と悠真、そして子どもたちの笑い声が優しく響いていた――。