第18話「妊娠、そして産声へ ―再び命を迎える旅館の朝」
■Scene01 【違和感の朝】
ある朝、帳場に立っていた私は、急に目眩に襲われた。
普段なら乗り切れる忙しさが、今日は身体に重くのしかかる。
「どうした、美琴? 顔色悪いぞ」
悠真の声にも、返事が遅れた。
「……なんでもない、と思う。ちょっと、疲れかな」
だが、その日の夕方。館内の階段でふらついた私を、偶然いた美羽が支えた。
「これ、“なんでもない”状態じゃないよ。……検査、行ってきなよ」
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■Scene02 【医師の言葉】
数日後、産婦人科で言われた言葉は、思いがけず優しいものだった。
「おめでとうございます。妊娠7週目です。
今度の子は、もう心音も安定してますよ」
私は涙をこらえながら、そっとお腹に手を当てた。
――あの子がくれた、あたたかい奇跡。
悠真と、また“家族”を迎える準備ができた。
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■Scene03 【夕食後の報告】
夜、娘の茜が寝静まったあと。
私は旅館の一室で、湯上がりの浴衣姿のまま悠真に告げた。
「……私たち、もうひとり家族が増えるよ」
一瞬、悠真は目を丸くした。
「え……まさか、ほんとに……?」
「うん。……今、私の中に、小さな命がいるの」
その瞬間、彼の表情が崩れ、すぐに私を抱きしめた。
「ありがとう、美琴……ありがとう。絶対、大切にする」
しばらく離れず、ただ静かに、鼓動を感じ合っていた。
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■Scene04 【旅館に吹く春風】
妊娠の報告は家族やスタッフにも徐々に伝えられ、旅館にはあたたかな空気が流れ始めた。
帳場に立つ美羽は笑って言った。
「これで私は、正式に“叔母さん”ってことになるのね」
「あなたがいるから、私は少し安心して任せられるの。……しばらくは、旅館と赤ちゃんの“女将”を二人でやっていかない?」
「もちろん。こっちの“仮女将”も、やる気満々よ」
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■Scene05 【そして産声の朝】
季節が巡り、春――
朝焼けに染まる旅館の和室に、小さな産声が響いた。
「……おぎゃあ、……おぎゃあっ!」
赤ん坊を抱いた私の目から、自然と涙があふれる。
「……ようこそ。あなたが、私たちの宝物」
茜が顔を覗き込んで、そっと微笑む。
「ママ、赤ちゃん、泣いてるけど……かわいいね」
悠真は娘と私を交互に見つめながら、そっと赤ちゃんの小さな手を握った。
「今日から、また新しい物語が始まるんだな」
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■Scene06 【旅館の帳場に並ぶ命】
その日、帳場には「祝・新しい命を迎えました」と手書きの札が立てられた。
宿泊客のひとりが立ち止まり、言った。
「なんだか、いい旅館ね。人のぬくもりがある」
私は、帳場の奥から笑顔で頭を下げた。
「ありがとうございます。――うちの旅館は、“家族”で営んでますので」
その言葉には、嘘も飾りもなかった。