第14話「加賀温泉郷の旅館連携会議で起きた“役員の不審死”」 ―老舗の誇りと現代経営のはざまで起きた“沈黙の殺意”―
■Scene01 若女将たちの“集まり”
初夏の加賀温泉郷――
山代・山中・片山津の各旅館をつなぐ連携会議が開かれ、私はテルメ金沢の代表として参加することになった。
「いよいよ、老舗旅館の中に混じるのね……緊張する」
「でも、お前には“テルメの色”があるだろ? それを信じて行ってこい」
悠真の背中に送り出され、私は浴衣に身を包み、湯けむりの中へ。
集まったのは北陸の名だたる旅館の女将たち。そして議長を務めるのは、片山津の老舗旅館「彩雲楼」の当主――
**江南政信(こうなん・まさのぶ/66歳)**だった。
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■Scene02 朝、露天風呂での“発見”
翌朝、私は早朝の露天風呂で異変を目撃する。
男湯側の外壁越しに、女性スタッフの悲鳴が響いた。
「江南様が――! 露天風呂に!」
湯船に沈んでいたのは、政信。すでに息はなく、顔には泡と赤み。
一見すると心臓発作だが、微かな“ツン”とした匂いが気になった。
「……硫化水素系の何か、混入されてるかも」
悠真も現場に到着し、即座に湯を採取。
その後の鑑定により――**微量の毒物(亜ヒ酸)**が湯から検出された。
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■Scene03 “老舗争い”の影と秘密
政信は“連携会議”の中でも強い発言力を持ち、
他旅館の改革や経営統合に反対し続けていた。
「連携なんて言いながら、結局うちは“彩雲楼”の支配下。
あの人がいなくなれば……やっと風通しが良くなる」
そんな噂もちらほら。
特に強く反発していたのが、山代の女将**藤嶋美代(ふじしま・みよ/50代)**だった。
彼女は政信の弟と結婚していたが、今は未亡人で、一人で旅館を守っている。
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■Scene04 “毒”と“湯守”の存在
捜査の中で、もう一人の重要人物が浮かび上がる。
それは、彩雲楼の“湯守”を代々継いできた一族の後継者、
葛西丈士(かさい・たけし/38歳)。
彼は父の跡を継いで湯の管理を担っていたが、近年は政信と対立。
「僕が提案した“新泉導入”も“機械管理”も、全部却下されたんです。
伝統って言葉で、僕らの技術は否定され続けた」
しかし――調査の結果、毒は直接“湯口”から注入された痕跡がない。
湯船そのものに持ち込まれた可能性がある。
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■Scene05 “毒入り手ぬぐい”と女将の涙
事件の鍵を握っていたのは、“政信が使っていた私物”――
湯に浸けていた“手ぬぐい”から、毒が染み出していた。
その手ぬぐいには、ほんの僅かに洗濯の香りと――“香水の匂い”が残っていた。
「これは……女将の香水です」
香りを嗅ぎ分けたのは、美琴。
女将・美代が使っていたフローラル系の香水と一致した。
追い詰められた美代は、涙ながらに告白した。
「私はあの人に人生を壊されたの……弟を“跡取りとして”使い潰して、
その後、“連携”という言葉で私たちをまた支配しようとしたのよ」
「だからって、人を殺していい理由にはならない」
悠真の言葉に、彼女は崩れるように座り込んだ。
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■Scene06 そして“湯の誓い”
帰路、美琴は温泉街の坂道で足を止めた。
「旅館って、やっぱり“誇り”だけじゃ続けられないんだね。
人の心を背負うって、覚悟がいることなんだな」
「でも、お前は背負いながらも、人を笑顔にしてる」
悠真が微笑み、美琴の肩をそっと抱いた。
「じゃあ、今日だけは私も“癒される側”になるわ。
帰ったら、あの湯にふたりで浸かりましょ」
静かに手を繋ぎながら、ふたりは金沢への帰路についた――
心に、熱い湯けむりと、やさしい灯りを携えて。