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第13話「卯辰山で見つかった古い手紙と“金沢迷子”」  ―祖母の思い出と、失われた記憶を探して

■Scene01 旅館に届いた“白い封筒”


その日、テルメ金沢に1通の封筒が届いた。

宛名は「テルメ金沢 若女将 白石美琴様」――だが、差出人はなかった。


封を開けると、中からは50年前の卯辰山の写真と、

茶色く変色した一通の手紙。


“たまえさん。あのとき助けてくれてありがとう。

でも私は、いまだに――この街に居場所がないのです。”


たまえ……

私の祖母、大女将の名だった。



■Scene02 手紙の差出人を探して


私は菜摘と共に、手紙にあった“卯辰山の見晴らし台”へと向かった。

懐かしい、でもどこか不安な気配が漂っていた。


そのとき、小さな騒ぎが起こっていた。


「すみません、うちの母が……。また迷って出てきてしまって……」


迷子になっていたのは、70代の女性。名前を問うと、彼女はこう答えた。


「……たまえさんに、会いにきたの」


心がざわめいた。



■Scene03 記憶のなかの“もう一人の少女”


女性の名前は佐伯絹代(さえき・きぬよ/75歳)。

認知症の兆候があり、短期記憶が曖昧だが、過去の記憶は鮮明だった。


「昔ね、私はひとりぼっちだったの。

 でも、たまえさんが“あなたもごはん、食べていきなさい”って、言ってくれた」


彼女は、戦後すぐに金沢へ奉公に出され、

家もなく、名前すら“借り物”で生きていたという。


「私は……“佐伯”じゃないの。本当の名前を、もう思い出せなくて」



■Scene04 祖母の帳簿、そして“もう一通の手紙”


私は旅館の倉庫を探り、祖母・たまえの時代の帳簿を引っ張り出した。

そこに記されていた、ひとつの名前。


“昭和44年6月2日 一夜宿泊 少女:水原里江みずはら・りえ


宿泊料:0円。備考欄には、“食事と浴衣は譲渡。迷子保護”と記されていた。


そして、その頁に挟まれていた小さなメモ。


“あの子の本当の名前、忘れたらかわいそうだから。

いつか取り戻せるように。 ――たまえ”



■Scene05 そして名を取り戻す日


数日後、佐伯絹代さんを旅館に招き、おもてなしをした。


夕食のとき、私は帳簿の記録と共に、祖母の手書きの文字をそっと差し出した。


「……水原里江さん。あなたの、本当の名前です」


一瞬、彼女の目に涙がにじんだ。


「里江……そうだった。そう……私は、里江だった……」


静かに、ゆっくりと、その名を繰り返した。



■Scene06 女将として、孫として


その夜、私は仏壇の祖母に報告した。


「たまえさん。あなたの優しさが、今でも人を救ってます。

 私、まだまだだけど、少しだけ……あなたに近づけた気がします」


背中に、悠真の腕がそっと回る。


「君が継いだのは、“旅館”じゃない。“心”だ」


私は、小さくうなずいた。


「うん、きっと。私はここで、“名前を呼ぶ人”になりたいんだと思う」


灯のともる帳場に、祖母の面影が優しく微笑んでいるような気がした。


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