第11話「ひがし茶屋街で消えた花嫁と三通の結婚届 ―祝福の街に忍び寄る“未婚の罠”と、三人の嘘―」
■Scene01 幸せのはずの一日
ひがし茶屋街――
紅殻格子と石畳が美しく連なる金沢の観光名所。
その一角で、白無垢姿の女性が記念写真を撮っていた。
――はずだった。
「花嫁さんが……急に姿を消したんです」
通報を受け、現場に駆けつけた悠真と、付き添っていた美琴。
消えたのは、金沢市在住の女性、藤井梨帆(ふじい・りほ/29歳)。
この日、ひがし茶屋街で前撮りの予定だった。
婚約者の**北村圭吾(きたむら・けいご/31歳)**は、直前まで彼女と話していたという。
「少し“風に当たってくる”って言って……それっきり」
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■Scene02 三通の“結婚届”
調査が進む中、ある衝撃の事実が発覚する。
梨帆が婚姻届を出そうとしていた相手は――三人いた。
1.北村圭吾(現在の婚約者)
2.木崎仁志(同僚・交際歴なし)
3.井川誠一(前職の上司・妻帯者)
すべての相手に“結婚を前提に交際したい”と語っていた形跡があった。
「これ……ただの“浮気”って次元じゃない」
美琴の直感が働く。
「彼女、“愛されたがり”だったのか、それとも……何かを企んでた?」
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■Scene03 嘘と執着と、ひとつの正体
3人の男性は、それぞれ梨帆から同じ写真付きの婚約報告を受けていた。
そして、彼女の部屋から見つかったのは――“一通の遺書”。
「私は、“本当に誰かと結婚する”ことが怖かった。
だから、全員に嘘をついていた。けれど、今日だけは私の嘘を、祝福してください」
しかし、それは彼女の筆跡ではなかった。
真犯人は――同じブライダル会社に勤めていた同僚、長澤麻子(ながさわ・あさこ/33歳)。
「彼女の“婚約劇”を見てるのが、もう耐えられなかった。
本当の愛を踏みにじって、男たちをもてあそんでるようで……」
梨帆は、実は“誰とも婚姻届を出していなかった”。
愛されたがっていたのではなく、“結婚”そのものに強い恐怖心を抱えていたのだった。
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■Scene04 女将と刑事、それぞれの答え
事件後、街を歩きながら美琴がつぶやく。
「結婚って、たぶん“ゴール”じゃなくて、“何かを失うことへの覚悟”なのかもしれないね」
「……失う?」
「自由、選択肢、孤独、期待――いろんなもの。でも、それを誰かと分かち合えるって、“すごいこと”でもあるよね」
悠真は少しだけ、美琴の指を握った。
「俺は今のほうが、ずっと強くなれたよ。美琴がいるから」
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■Scene05 灯のともる夜に
夜、旅館の玄関で。
ひがし茶屋街から戻ったふたりを、娘が出迎える。
「おかえりー! 晩ごはんね、私が味噌汁よそったんだよ」
「えらいえらい、じゃあパパとママで結婚記念日みたいに祝おうか」
ふたりは顔を見合わせ、くすっと笑う。
“結婚”という言葉が、ただの制度じゃなく、“灯り”になる。
そう思える夜だった。