第10話「富山・ガラス美術館で砕かれた約束 ―割れた作品と偽りの遺言状―」
■Scene01 富山での“日帰り小旅行”
初秋の休日。私たち家族は、久々に富山へ足を延ばしていた。
目的は、富山市ガラス美術館で開催されている特別展「光を閉じ込めた者たち」。
現代ガラスアートの巨匠、**黒瀬拓也(くろせ・たくや/享年72)**の回顧展。
彼は日本のガラス造形の第一人者であり、数年前に亡くなった後も、作品は国内外で高い評価を受けている。
「これが“光の鳥籠”……」
展示中央に置かれた代表作に、娘も目を輝かせていた。
けれど、その夜。事件は起こる。
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■Scene02 砕け散った“光の鳥籠”
閉館後、警備員の通報により美術館に駆け付けた悠真から、一本の電話が入る。
「……展示作品“光の鳥籠”が破壊された。
ただの破損じゃない。明らかに“意図的”に割られてる」
しかもその場には――
**黒瀬拓也の長男・黒瀬蒼一(そういち/45歳)**が、割れた破片の中央で呆然と座り込んでいた。
「……これは、父の“意思”なんです。あの作品は、壊されるために存在していた」
蒼一はそう言って、懐から一通の封筒を差し出した。
中に入っていたのは――“直筆の遺言状”。
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■Scene03 遺言と“本当の継承者”
遺言にはこう記されていた。
「この作品は私の死後、いずれ砕かれる運命にある。
それを行う者が、私の技と心を継ぐにふさわしい。
ただし、金銭や美術館の価値に囚われる者に、それを触れる資格はない」
しかし――鑑定により、その遺言状の“筆跡”は本人のものではないと判明。
「……じゃあ誰が?」
手書きで巧妙に模倣された署名。その線の癖は、かつて黒瀬の弟子だった**綿貫沙里(わたぬき・さり/38歳)**のものだった。
彼女は今や人気作家であり、黒瀬の死後に“第二の黒瀬”と称されていた人物。
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■Scene04 動機と、もうひとつの“約束”
「私には、“継ぐ”資格なんてなかった。だけど、彼の作品を“生かし続ける”資格ならあると思ったの」
沙里の言葉には後悔も誇りも滲んでいた。
彼女は、生前の黒瀬から唯一無二の“秘密”を託されていたという。
「拓也先生はね、あの“光の鳥籠”の中に、小さなメッセージを閉じ込めてたの。
“砕かれるとき、それが世に出るように”って」
そして割れた作品の中から見つかったのは、小さな銀のプレート。
そこにはこう刻まれていた。
“美しさは残さず、引き継がれる光だけが価値になる”
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■Scene05 悠真と美琴、それぞれの視点
「……作品を砕くことで、継承が始まるなんて……信じられる?」
「正直、僕らの常識じゃ測れない。でも芸術って、“壊す”ことで意味が完成するものもあるんだな」
「ねぇ、先輩。
わたしたちもいつか……この旅館を“壊して”次に繋ぐ日が来るのかな」
「そのときは、壊さなくても、“渡せる”ようにしよう。お前の笑顔ごと」
ふたりは夜の美術館を後にし、環水公園の橋をゆっくり歩いた。
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■Scene06 母として、女将として
帰りの車中、娘が眠る後部座席で、美琴は小さく呟いた。
「継ぐって、難しいね。でも……怖がらずに向き合っていきたいな」
そう。
それは作品も、旅館も、家族も同じ――
“手渡す”ことは、時に“砕かれること”でもあるのだ。
それでも、人はそれを越えて、繋がっていく。