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第9話「加賀・山代温泉で起きた“白湯の密室と消えた入浴者”事件 ―湯けむりに沈んだ嘘と、混ざらない心の温度―」


■Scene01 誘われた湯宿と、奇妙な事件の始まり


「女将さん、山代温泉の“白鷺の湯”からご招待ですよ」


ある朝、帳場で菜摘が封筒を手渡してきた。

差出人は、テルメ金沢と同じ老舗の湯宿「白鷺の湯」の女将・柚木紗英ゆのき さえ


かつて美琴が修行時代に一度だけ手伝いに入った、縁深い旅館だった。


「久しぶりに息抜きしない? っていう誘いだけど、……変なの。少し、緊張してる」


その直感は当たった。

到着直後、美琴と悠真は女将の口からこう聞かされる。


「うちのお客さまが……“大浴場から消えた”んです」



■Scene02 消えた男と“密室の湯”


消えたのは、若きIT企業社長・三島蓮司(みしま・れんじ/29歳)。

午後5時、大浴場の白湯に入浴していたのを最後に、館内どこにも姿が見えなくなった。


脱衣所にはスマホ、財布、貴重品の入った袋がそのまま残されていた。


監視カメラにも、出てきた姿が映っていない。

しかも、白湯の浴場は天井に小窓があるだけの“密室構造”。


「人が一人、湯に浸かって消えるって……どういうこと?」


まるで“湯の精”になったかのように。



■Scene03 女将の胸の内と、被害者の影


柚木紗英は、美琴と年齢も立場も近い。

彼女はかつて、白鷺の湯を家族から継ぐ際に、ある噂を耳にしていた。


「この旅館には“消える客”が年に一度、出るって。子供の頃、母にそう言われたことがあるの」


美琴は館内の構造を調べながら、悠真と共に“湯と気配”の違和感に気づく。


「この湯……熱すぎない? 加賀の白湯って、もう少し柔らかいはず」


ボイラー室の記録を調べると、“一時的な異常加温”があったことが判明。



■Scene04 密室トリックと“穴”


実は、大浴場の床の一部にある“排水清掃用の大口径タイル”が、不自然に外された痕跡があった。

通常は人が通れる大きさではないが、痩せ型の男性なら潜り抜けられる可能性があった。


さらに、従業員用の廊下に濡れた浴衣が放置されていた。


「つまり、三島蓮司は自分の意志で消えた?」


調べの結果、彼の会社は投資詐欺まがいの事業で炎上中。

すべてを捨てて“死んだこと”にして逃亡を図ったのだった。



■Scene05 旅館を守る者たち


三島の計画は、白鷺の湯の評判を大きく損なうものだった。

けれど、紗英女将は毅然と言い放つ。


「うちの旅館は、消える人を歓迎なんかしません。

“居場所を与えること”が、私たちの仕事だから」


美琴はそっとその言葉にうなずいた。


「私も、かつて居場所をもらった人間です。――だから、信じて守りたい」


三島はその後、県外で身柄を確保された。

彼の“湯けむりトリック”は、女将たちの信念の前にあっけなく崩れたのだった。



■Scene06 帰路、夫婦の足湯


帰り道。山代温泉街の片隅で足湯に浸かりながら、美琴は娘のことをふと思い出す。


「……子どもって、さ。私たちが思ってる以上に“居場所”って敏感に感じ取るよね」


「だから、君の笑顔が何より大事なんだよ。旅館でも、家でも、俺にとっても」


「もうすぐ、あの子の七五三だね」


「写真撮るぞ。全力でかわいくしてやろう」


「……親バカ」


湯けむりの向こうに、ふたりの影が並ぶ。


“消えた人”と、“残る者”の違い――

それは、誰かに“待たれているかどうか”。それだけなのだと、美琴は思った。


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