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第8話「石川県立美術館で起きた“消えた絵画と二人の署名”事件 ―静かな美の中に潜む野心と、色褪せない友情の記憶―」


■Scene01 文化の日、そして招待状


11月3日、文化の日。

石川県立美術館で行われる特別展示「北陸現代アートの軌跡」に、テルメ金沢の女将・白石美琴も招待されていた。


「昔、母方の従兄弟がアート関係の仕事をしていて……それで縁があったの」


「美琴の交友関係って、意外と広いよな。刑事の嫁にしとくにはもったいない」


夫・悠真はからかうように笑いながら、美琴の手を引いて会場へ向かう。


その展示会の目玉は、かつて一世を風靡した二人の画家による共同制作の未公開作品――

『交差する朝』。

それは、20年前に描かれた“幻の絵画”だった。


だが開場直前、展示室の目玉であるその絵が――忽然と姿を消した。



■Scene02 消えたキャンバスと、奇妙な署名


防犯カメラの記録は異常なし。絵画は厚いガラスの保護枠に入れられ、警備も厳重だった。

だが、開場1時間前――警備員が入れ替わった隙に、絵だけがすり替えられていた。


展示された絵は“模写”。しかも、右下の署名がこうなっていた。


“T. Sugimoto / A. Kashiwagi”


しかし実際の画家は、杉本貴之と柏木章太。

順番が“逆”だったことに美琴はすぐ気づく。


「この署名、犯人の“メッセージ”かもしれない」



■Scene03 友情の果てと、交わらない想い


20年前――杉本と柏木は金沢美大の同期。

共に現代美術を牽引した“金沢のふたり”として有名だったが、突如として絶交状態に。


理由は、共同制作である『交差する朝』の“署名順”を巡る激しい口論だったという。


「俺の構図がメインだ。名前は俺が先だろう!」

「いや、色彩構成は俺だ!感情の流れは俺が作った!」


結果、作品は発表されぬまま、二人は袂を分かつ。


今回の展示は、柏木が一方的に“和解”として持ち込んだものであり――杉本には事前に何の連絡もなかった。



■Scene04 盗んだのは誰か?――残された“手紙”


展示室の裏手、額縁の裏に一通の手紙が残されていた。


「俺たちの作品は、“交差する”ことで意味を持つ。

でも、一方的な和解なんて、アートの死だ。

だから俺は、最後まで“描き直す”。」

――T


この署名。“T”は杉本貴之の頭文字。

だが、その手紙を読んだ美琴は、違和感を抱いた。


「この筆跡、杉本さんじゃない。たぶん……柏木さんが“杉本のふり”をして書いたものよ」



■Scene05 偽りの和解、そして罪


真相は――柏木章太自身による自作自演の窃盗だった。

杉本と再び世間に名を出したかった彼は、作品の“署名順”を操作し、話題性を持たせた。

だが、それを杉本本人に拒絶され、彼の名前で勝手に和解演出をしたのだった。


「最後まで交差しなかったんだな。――心が」


悠真の言葉に、柏木は泣きながら呟いた。


「でも俺は、もう一度……“彼と並びたかった”だけなんだ」



■Scene06 夕暮れ、美術館の前で


事件が終わり、美琴と悠真は石川県立美術館の正門に立つ。

夕暮れがガラスに映り、空の色が交差していく。


「……ふたりの気持ち、すれ違ってたけど、ずっと交差しようとしてたんだね」


「たぶん。“交差”って、平行線よりずっと苦しいことなんだ」


「でも私たちは、ちゃんとぶつかって、また手をつなげばいいんだよね」


「……そうだな。ちゃんと名前も、並べて書いていこう」


美琴と悠真――ふたりの絆もまた、色を深めていく。


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