第7話「主計町茶屋街で起きた『花魁の手紙』事件 ―紅殻格子に隠された恋文と殺意―」
■Scene01 ひとりの芸妓の依頼
「女将さん、お力を貸していただけませんか……?」
ある晩、テルメ金沢の帳場に現れたのは、主計町茶屋街の芸妓・芙美。
艶やかな黒髪に金のかんざし、着物姿の彼女は明らかに動揺していた。
「茶屋の片隅に、“誰にも渡してはいけない手紙”が見つかったんです。しかも――その直後、先輩芸妓が……」
倒れていたのは、主計町の最古参である芸妓・志乃(しの/60代)。
意識不明で、搬送先の病院にて治療を受けていた。
「その手紙、……江戸時代の花魁が書いた“禁じられた恋文”らしいのです」
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■Scene02 “花魁の手紙”と、倒れた理由
手紙は、古い和紙に流れるような筆致で書かれていた。
“あなたと見た春の川面は、決して忘れません。
たとえこの命が尽きようとも、私は貴方のために咲いて、散ります。”
あまりにも情熱的で哀切な文体。
だが、不可解だったのは“志乃が倒れたのは、その手紙を手にした直後”という点。
「誰かがその手紙に……毒を?」
調べた結果、手紙の和紙に微量のトリカブト由来の成分が付着していたことが判明。
“紙に触れる”という自然な行為を利用した、巧妙な犯行だった。
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■Scene03 主計町の闇と、女たちの誓い
主計町の芸妓は、今も“厳格な格式”を保ち、恋愛・結婚の制約も多い。
そんな中で志乃がかつて愛したのが――かつての加賀藩士の末裔である文化財保護官・綿貫慎吾(わたぬき・しんご/68歳)。
「彼と志乃さんは……二十年以上前に“駆け落ち寸前”までいったんです。でも、戻ってきた。志乃さんだけが」
芙美は、志乃の背中を見て育ったという。
「志乃さんは“花魁の手紙”に自分を重ねていたんです。だからこそ、何かを感じたのかもしれない」
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■Scene04 真犯人と動機
捜査が進む中、茶屋の使用人・**広瀬佳代(ひろせ・かよ/40代)**の行動に不審な点が出てくる。
彼女は裏方で志乃を支えてきたが、かつて文化財保護官の綿貫と親しかった過去を隠していた。
「志乃さんが彼と駆け落ちしなかったから、私は“影”にならずに済んだ。だけど……“手紙”がそれを壊す気がした」
佳代は、志乃が今でも綿貫を想っていると気づき、自らの過去が否定される気がしたのだという。
「毒を使って……“恋の記憶”を殺そうとしたの?」
「違う! あれは……“過去に縛られるな”って、彼女に伝えたかっただけ……」
その言葉は、もはや誰の心にも届かなかった。
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■Scene05 そして、灯がともる夜
志乃は一命を取り留めた。
病室で、美琴と二人きりになったとき、静かに語った。
「若い頃、私も“未来を捨てる恋”にすがりそうになったの。けど、それを止めてくれたのは……あの茶屋の灯だった」
「それは、きっと“誰かを照らすためにある光”だったんですね」
志乃は小さく笑い、美琴の手を握った。
「あなたは……大女将の血を、きちんと継いでいる。強くて、優しい手だね」
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■Scene06 夫婦の夜と、灯る言葉
その夜、美琴と悠真は旅館の一室でひと息ついていた。
「ねぇ、先輩。私たちの“手紙”って、どんな言葉になるかな」
「そうだな……“どんな嵐でも、君を守る”って、書くかも」
「ずるい。かっこよすぎ」
「じゃあ、“ちゃんと飯食って寝ろ”にする?」
「それ、現実的すぎて泣ける」
そう言いながら、美琴は彼の肩に頭を預けた。
“恋文”ではないかもしれない。でも、ふたりの会話はたしかに愛の証だった。