第6話「兼六園に消えた親子 ―春霞のなかの靴音―」
■Scene01 朝の庭園、微笑む母子
四月初旬――
兼六園のしだれ桜が風に揺れるなか、美琴は家族とともに園内を歩いていた。
娘の手を引き、悠真と共に久しぶりの散歩。
朝の静かな時間帯、まだ観光客の少ない園内に、鳥の声と水のせせらぎが響く。
「ねえ、あれなぁに? お花の下にあるちっちゃいお家」
「あれは“霞ヶ池”の茶屋さんよ。お殿様が昔、休んでいた場所」
和やかな時間だった――あの“声”を聞くまでは。
「……すみません、子どもが……娘がいないんです!」
振り返ると、園内の端で年配の女性が取り乱していた。
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■Scene02 霞と靴音の行方
消えたのは、5歳の少女・遠藤花音
母親の目を離したすきに、兼六園内から忽然と姿を消した。
警備員と警察が園内を捜索するが、池にも建物にも手がかりはない。
「靴音だけが聞こえた……って、どういうこと?」
現場にいた清掃員の証言――
「誰もいないのに、石畳を走るような音だけが聞こえた」
「これは……誘拐かもしれない」
悠真が表情を引き締める。
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■Scene03 “空白の5分”と消えた親
さらに不可解なのは、**母親・遠藤紗希(さき/32歳)**の供述。
「目を離したのはほんの5分……だけど、正直、私も意識が一瞬飛んだような気がして……」
失踪の直前、紗希は小声で誰かと電話していた。
その会話はこうだった。
「――あの人に見せたくなかったの。だから、今だけ……お願い」
その“あの人”とは、娘の父親。
実は紗希は元夫と家庭内トラブルの末、離婚調停中だった。
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■Scene04 かくされた“保護”の真実
警察の捜査が進む中、園内の映像から判明したのは――
花音を連れて園外へ出たのは、紗希の元義兄である男性だった。
「弟のせいで、妹さんも娘さんも追い詰められてた。……俺が、守りたかっただけです」
実は花音は元夫からの虐待未遂の過去があり、紗希は裁判所に保護命令を申請中だった。
義兄はそれを知っており、紗希の電話の“お願い”とは「いったん花音を保護して」という非公式なものだった。
「法的には、正しくない。でも……あの子の表情を見て、僕は黙っていられなかった」
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■Scene05 母と娘、ふたたび
花音は、金沢市内の義兄宅で無事保護されていた。
怯えもなく、むしろ楽しそうにお絵描きをしていた。
「ママ、これ描いたの。さくらと、パパじゃないほうのおじちゃんと――」
再会した紗希は、花音をしっかりと抱きしめた。
「怖い思い、させてごめんね。……でも、これからは絶対に、私が守るから」
悠真は小さく呟いた。
「今回の件、情状酌量の余地はあるけど、手順は間違えた。――けど、守りたかった気持ちは、きっと届いてる」
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■Scene06 夜の桜、家族の誓い
その夜、旅館の縁側から見える庭の桜を、家族3人で眺めていた。
「春って、綺麗だけど……すぐ散るから、どこか切ないね」
「だから、手を離しちゃいけないんだろうな。大事な人の手って」
美琴は娘の頭をなでながら、夫の手にそっと指を重ねる。
「ねぇ、もうすぐ……七五三、だね」
「うん。それまでに、事件起きないといいけど」
「起きたら……3人で解決するんだよ」
その言葉に、悠真も笑って頷いた。
霞の中で見失ったもの――
それは、過去の傷ではなく、“未来を選ぶ勇気”だった。