特別編②「美羽のまなざし」
■Scene 1 —— 朝の裏口と、制服のエプロン
「今日も……晴れた」
テルメ金沢の裏口。朝の7時。
制服に身を包み、ポニーテールをきゅっと結んだ美羽は、厨房の小窓から差す光を眩しそうに見上げた。
この日は彼女にとって、特別な日。
姉の美琴が“事件のない日”を過ごしていると聞いて、自分もこっそり“姉に何かを返す日”に決めていた。
「おはようございます、美羽ちゃん」
「おはようございます、佐藤さん!」
仲居頭の佐藤菜摘が声をかけると、美羽はすっと背筋を伸ばした。
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「今日は、表じゃなくて“裏”で頑張るよ」
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■Scene 2 —— 客のいない時にだけ見えるもの
午前10時、館内の湯上がり処。
タオルを畳み、補充用のドリンクを並べる美羽。客足が一時落ち着いたこの時間、スタッフしか知らない“顔”が見える。
「この場所、誰かがきれいにしてるから、気づかれずに落ち着けるんだよね……」
無意識に、姉のことを思い出す。
(ねえ、美琴姉ちゃん。姉ちゃんは“人を守る”のが得意だけど……私は“気づかれずに整える”のが、ちょっと得意かも)
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たった5分の休憩時間。
スタッフ用の裏庭ベンチで、少しだけ眠ってしまった。
目覚めた時、そっとブランケットがかけられていた。
そこに小さなメモ。
「寝顔は、姉妹そっくりね ——佐藤」
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美羽はぷっと吹き出して、照れたように笑った。
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■Scene 3 —— 小さな“ありがとう”を運ぶ仕事
昼、広間の給仕。
2組の年配夫婦に、加賀野菜の煮物と釜飯を提供する。
「若いのに、しっかりしてるねぇ」
「いえ……まだまだです!」
礼儀と笑顔だけは忘れずに。
ふと見れば、別室では姉が本を読みながら抹茶を飲んでいた。
美琴は美羽に気づかず、穏やかな横顔のまま。
(今日だけは、姉ちゃんに“ありがとう”って思ってもらえるように……)
—
—
■Scene 4 —— 夕暮れの湯、ふたりだけの時間
夕方、業務がひと段落した頃。
スタッフ専用の休憩風呂に、美琴と美羽が偶然居合わせた。
「……姉ちゃん?」
「……あら、珍しいわね。今日ここに入るなんて」
「……姉ちゃんこそ、今日は何も起こしてないの?」
「うん、たぶんね。奇跡よ」
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湯けむりの中、ふたりは肩を並べて、黙って風を聞いた。
「ねえ、姉ちゃん。私ね、今日ずっと働いてて思ったんだけど」
「うん?」
「……“人のために何かする”って、気づかれなくても、すごく気持ちよかった」
美琴は湯の表面をゆらす指先を止め、ふと微笑む。
「それは……私が長年気づかなかった、大事なことかもね」
—
お湯の中で、そっと小指だけ、触れ合った。
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■Scene 5 —— 夜の布団、姉妹のまくら話
その夜。
二人は同じ部屋で、隣の布団に寝転んでいた。
「お姉ちゃん、ありがとう。今日、何も起きなくてよかったね」
「ううん、起きたわよ。大きなことが、ひとつ」
「え? ええっ、何? なにか事件あったの!?」
「……妹が、ちょっとだけ、大人になったのよ」
「……あ。そ、そういうの、ズルいってば……!」
—
笑い声がやがて静まり、金沢の夜に小さな寝息が重なる。
事件のない日。
それは、探偵にも、そして“探偵の妹”にも必要な、かけがえのない時間だった。
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