第10話「ふたりの娘、ふたりの母」
■Scene 1 —— 初夏の風、再会の朝
金沢の朝。
青空に新緑が映えるこの日、テルメ金沢の玄関には、静かな緊張とやさしい期待があった。
「いらっしゃいませ、北園様、瀬川様……」
支配人が深く一礼すると、2人の気品ある婦人が笑顔で降り立った。
そして、その後ろには、凛とした表情の北園千尋と、柔らかな雰囲気の瀬川瑠璃が並んで立っていた。
「……あの時の事件のことを思い出すと、まだ胸が痛くなるけど……ここで癒したいって、娘が言い出して」
「娘たちの変化に、私たちの方が戸惑うくらいで……ねぇ?」
婦人たちが微笑み合いながら中へ入っていく。
そこには、美琴の姿もあった。
「よくいらっしゃいました。今日はどうぞ、一日ゆっくりなさってくださいね」
「美琴さんこそ。あの時、命を守ってくださって……本当に感謝しています」
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■Scene 2 —— 女将と探偵と、母たちの語らい
午後、美琴と北園・瀬川の両夫人は、館内の小さな和室で並んで座っていた。
窓の外では、庭の藤棚が風に揺れている。
「娘たち、変わったんです。前は“誰かに選ばれること”ばかりを気にしていた。でも今は、“誰かのために何かを渡したい”って」
「それが……本当に嬉しくて」
美琴は、湯呑を手に、穏やかに頷いた。
「人は、命を揺るがすような出来事に出会って、ようやく何かに気づけるのかもしれませんね。……でも、そのあと何を選ぶかで、その人の未来は変わる」
そこへ女将であり仲居頭の佐藤菜摘がやってくる。
「美琴さん、そろそろ……“あちら”の準備が整いました」
「ええ、行きましょう。きっと、今日という日がまた“始まり”になるから」
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■Scene 3 —— サプライズの贈り物
午後5時。テルメ金沢・中庭に設けられた特設舞台。
集まったのは支配人、佐藤菜摘、美琴の妹・美羽、
そして旦那の悠真、さらに美琴の祖父の幼馴染であり刑事の片桐勲も、珍しく休日のスーツ姿で来場していた。
その中央で、千尋と瑠璃が並び、深く一礼した。
「……私たちから、この場所へ、心からの感謝を込めて。
今日、テルメ金沢に3つの“贈り物”をさせていただきます」
■一つ目
千尋が静かにピアノの前に座り、優雅な旋律を奏で始めた。
それは、母から受け継いだ加賀の風景を綴ったオリジナルの調べだった。
■二つ目
瑠璃が筆をとり、特大の和紙に見事な書をしたためる。
「和光同塵」——
才能も地位も全てを包み込む“柔らかい光”を意味する禅語。
■三つ目
ふたりで揃えて披露したのは、亡き祖母に教わった茶道。
抹茶を点て、客に差し出す姿は、かつての“人形”とは真逆の、生きた“心の贈り物”だった。
その全てが終わったとき、会場には静かな拍手が広がっていた。
美羽がぽつりとつぶやく。
「……なんか、ほんとの意味で“綺麗”だね、お姉ちゃん」
美琴は頷いた。
「うん。“染められる”んじゃなくて、自分たちで色を選んで、重ねて……そういう美しさって、あるのよ」
—
■Scene 4 —— 日が暮れて、何も起きない夜
その夜、テルメ金沢では特別な懐石料理が振る舞われた。
事件も、警戒も、捜査も、何もなかった。
ただ、温泉の湯気と、家族と、友人たちと過ごす静かな夜。
「事件のない日って……本当にあるんだね」
悠真が笑って言った。
片桐勲も、お酒を片手にゆっくり頷く。
「美琴、お前の周りじゃ奇跡だな。でもまあ、たまにはこんな日があっていい」
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美琴は、空を見上げた。
「たぶんね、みんなが“自分の心”を見つけたから……“闇”はここに居られなかったんだと思う」
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夜空に、ひときわ大きな星が瞬いた。
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