第9話「いつか、またこの場所で」
■Scene 1 —— 朝焼けと静寂の帰路
事件から数日。金沢の朝は、あの晩の暗い空とは打って変わり、やわらかい光に包まれていた。
長町の小径を歩く美琴の足取りには、わずかに疲れの名残があったが、心は穏やかだった。
「……もう、誰も“展示”されることはない」
心の中で、そっと言葉を置く。
その足で向かったのは、金沢中央病院の談話室。
そこで静かに過ごしていたのは、事件の当事者——北園千尋と瀬川瑠璃のふたりだった。
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■Scene 2 —— 笑顔と一杯の紅茶
病院のテラスで、美琴は二人と向き合っていた。
カップにはジャスミンの香りが静かに立ちのぼり、春先の陽射しが三人の顔をやさしく照らしていた。
「おふたりとも……お加減はどう?」
「身体は大丈夫です。でも……心はまだ、ちょっと……」
瑠璃がそう答えると、千尋も少しだけ笑った。
「何か“人として”大切なものを問い直された気がします。“誰かの理想”じゃなく、“私の価値”を纏いたい」
美琴は、ふたりの視線の強さに、かつての被害者ではない、別の“生きる意志”を感じた。
「今度、時間ができたら——テルメ金沢にゆっくり来てね」
そう言って微笑む美琴の表情に、ふたりは驚いたように目を見合わせ、すぐに小さく頷いた。
「……絶対、行きます」
「ありがとう。私たち、ちゃんと立ち直って、“自分の着物”を選べるようになりたい」
紅茶の香りが、春風とともに広がっていった。
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■Scene 3 —— 帰る場所
病院を出た美琴は、駅へ向かわず、その足をテルメ金沢へ向けていた。
館内は平穏そのもの。湯の匂い、廊下の木のきしみ、誰かの笑い声。
「ここにいると、命が静かにほどけていく気がする」
ロビーに入ると、スタッフが笑顔で迎えた。
「おかえりなさいませ、美琴さん」
「ただいま。……少し、心を休めさせてもらうわ」