第8話「血と紅の最終着付け」
■Scene 1 —— 姿なき予告、二人の失踪
6月某日、午後4時。
加賀友禅会館にて行われるはずだったミス加賀友禅公式撮影会。
だが、会場に現れるはずの北園千尋と瀬川瑠璃、二人の姿が見えなかった。
スタッフは連絡がつかず、家族からも「今朝までは自宅にいた」との報告。
その瞬間、美琴の中ですべてが繋がった。
「狙いは“完成形”……二人を並べ、最後の“着付け”を施すつもりだわ」
そして、事務所に届いた封筒。
中には“紅と黒の染め布”が二枚。どちらも、かつて被害者たちが纏わされていた布と同じ型紙。
「これは……“これからの展示作品”の予告」
その裏には、こう記されていた。
「六月の灯に、美の形を添えて
二つの魂を、紅と墨に染め上げる
場所は、“血と声を吸う石畳”」
(“血と声を吸う石畳”……!)
美琴はある場所を思い出した。
——主計町の花街跡地。
昔、芸妓たちの舞と泣き声が夜に沈んだ、石畳の裏通り。
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■Scene 2 —— 主計町、沈む日と血の予兆
午後6時30分、美琴は主計町に到着した。
夕暮れの小径、観光客は減り、静寂と古の気配だけが漂っていた。
すると、わずかに聞こえた三味線の音……録音だ。
「これは……“音による誘導”。二人をこの場所に閉じ込めているのか」
隠れた旧家屋の地下から、小さな灯が漏れていた。
扉を蹴り破って中へ踏み込むと——
そこには、床に正座させられた千尋と瑠璃がいた。
それぞれ、豪奢な紅と黒の加賀友禅を着せられ、化粧を施された状態で。
「……間に合った」
直後、背後の階段からゆっくりと降りてきた女。
白い着物、無表情、手には金の仕立鋏。
「初めまして、探偵さん。“型紙を乱す者”に会うのは初めて」
赤羽璃子——
糀谷美和の狂気を継ぐ“演出者”が、ついに姿を現した。
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■Scene 3 —— 美の崇拝と呪い
「彼女たちは、“展示”されるために選ばれたの。“誇りと血の美”の最終型。私が染め上げる」
「あなたは美和の意志を継いでいない。“崇拝”に溺れているだけ」
「違う。私は彼女を超える。“魂まで染める”。家柄、歴史、伝統——すべて布に刻み、最も完成された“人形”を作るの」
璃子の声は狂気と快楽の交錯だった。
「……なぜ今なの? なぜこのタイミングで?」
「30年前、“初めての布”が拒まれたから。私は“家紋を重ねた着物”を創ったのに、誰も認めなかった。私は“布を焼いた”わ。……でも灰は、残ったの」
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美琴はゆっくりと前に出た。
「終わりにしましょう。もう、これ以上は“展示”じゃなく、“侮辱”よ。——加賀友禅にも、美和にも、そして命にも」
璃子は目を伏せた。そして——泣いた。
「……悔しかった。誰にも、美しさを認めてもらえなかった。誰も……私を布のように見てくれなかった」
その瞬間、美琴は素早く飛び出し、璃子の手から鋏を奪った。
護送中の警察が到着。璃子は抵抗せずに連行されていった。
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「展示は……完成しなかった……」
それだけをつぶやいて。
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■Scene 4 —— 加賀の空、再び晴れる
翌朝。
千尋と瑠璃はそれぞれ病院にて無事を確認。心に傷は残ったが、命は救われた。
「私たち……衣装として、誰かの“理想”になろうとしすぎていたのかもしれない」
「けど、もういいの。これからは、“自分”を着る」
千尋の言葉に、瑠璃は静かに頷いた。
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美琴は、長町の武家屋敷跡を歩いていた。
「加賀友禅に罪はない。でも、その周囲には“誇り”や“伝統”を盾にした孤独が残る」
手のひらに残る紅の布片を、そっとポケットにしまった。