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第6話「染められた家紋」




■Scene 1 —— 北國銀行・迎賓室にて


金沢市・香林坊。

重厚な造りの北國銀行本店。その奥にある迎賓室に、美琴は静かに足を踏み入れた。


「ようこそ……お忙しい中、ありがとうございます」


穏やかな声で挨拶したのは、北園千尋。

ミス加賀友禅の一人であり、北國フィナンシャルホールディングスの会長の一人娘。

白のブラウスに深紅のスカート。礼儀正しくも、何かを隠している瞳だった。


「先日届いた“脅迫文”、やはりあなたにも」


千尋は頷く。


「“あなたの家の誇りは、偽物で染められている”。……そんなことが書かれていました」


「お父様に相談は?」


「……していません。あの人は“表”を何よりも大切にするから」


美琴は静かに資料を開いた。


「30年前、千尋さんの祖母——北園澄子さんが“染め屋”だった時代、同じような文面の脅迫状が届いていた記録があります」


千尋の目が見開かれる。


「まさか、そんなことが……」


「“加賀友禅の伝統を裏切った者は、次の染めの対象となる”と。これは、血を染めるという暗喩です」



千尋はしばらく黙っていたが、やがて震える声で言った。


「私……祖母に会ったことがありません。ずっと“染め物のせいで家を壊した”って……聞かされてきた」



■Scene 2 —— 書道家・瀬川家の奥座敷


同日午後、美琴はもう一人のミス加賀友禅、瀬川瑠璃の元を訪れていた。

彼女の実家は金沢市内にある伝統書道家の旧家。奥座敷には重々しい墨の香りが漂っていた。


「瑠璃さん。あなたにも、“脅迫文”が?」


「はい。黒い封筒に、白い紙で。“墨は罪を隠す布である”とだけ」


「墨を“罪”の象徴と捉えるとは……あなたの家に、過去なにか——」


瑠璃は静かに頷いた。


「父は話さないんです。でも……私は知ってる。“10年前の誘拐事件”、本当は“誘拐された私の姉”が“犯人を見ていた”って」


「……見ていた?」


「でも警察には何も言わなかった。“犯人は……家の人間だ”って、最後に姉がつぶやいて……それ以来、彼女は施設に」



封じられた過去。口をつぐむ家族。

そして、墨と染めが象徴する**“加賀友禅の闇”**。


美琴の胸に、未解決のピースがはまり始める。



■Scene 3 —— 加賀染織資料館の“封印展示”


午後、美琴は「加賀染織資料館」へと足を運んだ。

加賀友禅の歴史を伝える施設だが、職員から“非公開展示”の話を聞きつけていた。


「30年前、資料館の奥で一時展示されていた“加賀友禅の血染め布”……あれは実在したんですか?」


職員は重い口を開いた。


「確かに、展示されたことがありました。“暴走した染め師が家族をモデルに染めた”とされる着物です。模様は、北園家の家紋と、瀬川家の墨紋が重ねられた意匠でした」


「つまり、30年前に何かがあった……加賀友禅の伝統を、**“家族という名の型紙”に押し付けた”**犠牲が」



その着物は、苦情によって展示から1週間で撤去され、その後の行方は不明。


だが、美琴の中で確信が生まれつつあった。


「この事件、単なる模倣や復讐じゃない。“加賀友禅の伝統そのもの”に仕掛けられた遺恨だわ」



■Scene 4 —— 夜の寺町通り、影の人影


夜9時。寺町通り。

美琴は、資料館の裏にある染め工房跡を訪れていた。


ふと、廃屋の裏手で“白い着物の女”を見た。


「……待って!」


追いかけたが、女は消えていた。


地面には、一片の染め布が。


赤、黒、深い藍。

その模様は、北園家の“笹紋”と、瀬川家の“筆紋”を歪めたもの。


「次に狙われるのは……“どちらか”じゃない。“両家の誇り”そのもの……!」


美琴の心に、ひとつの仮説が芽生えた。


この犯人は「加賀友禅を“復讐の媒体”にしようとしている」。

衣装も化粧も、布も文様も——すべて“裁きの型”として使われている。



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