第5話「加賀友禅の誓い」
■Scene 1 —— 寿司龍にて、静かな始まり
金沢市・上荒屋。
ひがし茶屋街から少し外れた場所にある寿司店「寿司龍」。
カウンターに座った美琴は、のどぐろの握りを前に、茶碗蒸しの香りに心をほどいていた。
「……美しいものって、時に残酷ね」
彼女の脳裏には、ある事件がよぎっていた。
かつて金沢を震撼させた“加賀友禅連続殺人”。犯人は、ミス加賀友禅の座を逃した糀谷美和。
被害者は二人——徳永薆佳と松本乃薆。豪華な友禅の着物を纏い、化粧を施された姿で、尾山神社と長町武家屋敷跡に“展示”されていたという。
「……人形みたいだったらしいわ」
ふと、美琴の隣に座っていた女性が、かつての事件を思い出すように語りだした。
「そのとき私、テルメ金沢にいたの。志芳っていう女性が、事件のことを話してくれて……犯人の名前も、糀谷美和って……」
「志芳さん?」
「ええ。彼女、被害者の一人——徳永薆佳の親友だったそうよ」
美琴は心の中で、探偵・朴凛奈の名を思い出していた。
あの事件を解決したのは、凛奈だった。美琴は姿を見たことはないが、志芳から何度もその名を聞いていた。
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■Scene 2 —— 再び起きた“展示”
6月某日、未明。
尾山神社の境内に、一人の若い女性が倒れていた。
豪華な友禅の着物、白く塗られた肌、赤い紅を引いた唇。まるで人形。
そして長町武家屋敷跡の裏手にも、もう一人。
まったく同じ衣装、同じ姿勢。しかも、かつてと同じ染めの布の断片が、二人の遺体のそばに落ちていた。
「まさか、また……」
地元警察は過去の事件をすぐに参照し、糀谷美和の再犯を疑ったが——彼女は3年前に拘置所内で病死している。
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現場に訪れた美琴は、犯行現場の空気を静かに感じ取りながら、呟いた。
「これは……模倣じゃない。“継承”された犯意」
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■Scene 3 —— 志芳の涙と過去の断片
翌日、美琴はテルメ金沢の個室に志芳を呼び、事件について話を聞いた。
「のあちゃん……あいか……また、こんな風にされるなんて」
志芳は涙を浮かべて言った。
「彼女たちと遊んでいたのは小中学校まで。でもね、のあちゃんはずっと優しかった。……あの事件の時、凛奈ちゃんが言ってた。“これは美意識の暴走”だって」
志芳はふと、昔聞いた“言葉”を思い出したという。
「ねぇ、糀谷美和が拘置所に入る前、誰かに“教えていた”って聞いたの。加賀友禅の染めの技法を。弟子か、後継者か……まさかとは思うけど」
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美琴の中で、ある仮説が浮かぶ。
(誰かが糀谷美和の美意識を受け継いでいる。
ただの模倣ではない、思想そのものの継承——)
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■Scene 4 —— 新たな“ミス加賀友禅”と旧家の影
今年選ばれた“ミス加賀友禅”は二人。
一人は、北國フィナンシャルホールディングスの令嬢、北園千尋。
もう一人は書道家の家系に生まれた、瀬川瑠璃。
二人とも美しく、才媛であり、趣味はピアノ・書道・茶道という絵に描いたような才女。
「……でも、なぜ今また?」
美琴が情報を洗う中、ある事実が浮かんだ。
•20年前:ミス加賀友禅候補に届いた“脅迫状”。
•15年前:選出式直前、身代金10億円が消えた(未解決)。
•10年前:受賞者の一人が式当日“誘拐”され数日後に解放(犯人不明)。
そして今年——30年前に届いた脅迫状と、酷似した手口で、新たな事件が起きた。
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■Scene 5 —— 暗躍する“影”
夜、美琴は尾山神社の境内を静かに歩いていた。
そこに、何かが落ちていた。
それは“誰かがこっそり置いた”ような、半分焦げた封筒。
中には、墨で書かれた一文があった。
「誇りは、染められた布の中に消えた。次は、祭の“華”を摘み取る」
「……千尋さんと瑠璃さんが、狙われている……!」
祭の華、つまり“新たなミス加賀友禅”。
犯人の動機は——“過去の美意識”の復活か、あるいは……
(これは、家系と血筋、伝統にまつわる連鎖だ)
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