アーストの午後 ― 騙された男 ―
アーストの午後は、どこか焦げたような匂いがする。
鉄と油、薬草、焼いた肉の匂いが入り混じり、
その中にかすかに甘い香り――屋台で煮詰められた果実の香りが流れてくる。
ここは《グレン通り》。
街で最も賑わう取引の中心地であり、
ギルドや自警団の使者、職人、商人たちが絶えず行き交っていた。
ダイスケたちは、ギルドの依頼で薬草屋へポーションを引き渡しに来ていた。
午前の雑務を終えたあとの任務。
昼下がりの通りを、ガタガタと音を立てて台車を押していく。
「……にしても、重いな。」
「十五瓶もあるんだから仕方ないよ。」
「うっかり割ったらどうなるんだ?」
「給料一か月分が空に消えるらしいよ。」
「それ先に言え!」
マイクが苦笑して、ナイナの肩越しに荷を支え直した。
薬草屋の軒下は、乾いた草の香りと薬液の匂いでむせ返るようだった。
「ギルドからか?」
老薬師が顔を出す。
「はい。依頼番号二一八、ポーション十五瓶。」
「そこに積んである。命の値段が詰まってる。気をつけな。」
「命の値段……か。」
ダイスケが小さく呟き、受領のサインを終えようとしたその時だった。
――「だ、誰か! 助けるある!!」
広場の端で、騒ぎが起きた。
人々がざわめきながら道をあける。
「またですか……」
ナイナがため息をつき、ダイスケが顔を上げる。
「“また”ってことは――」
「ええ、今朝も似たようなことあったでしょ?。ほら、あの……」
そこに倒れていたのは、
つい早朝、医務室で彼らが介抱した男だった。
「……あんた、またなのか。」
思わず漏れたダイスケの声に、オリーブが駆け寄る。
イェンは泥と埃にまみれ、腹を押さえていた。
「だ、だまされたある……うまい話、信じたある……」
「もう…そんなうまい話し…」
ナイナが呆れたように呟く。
「懲りない人ね。」
マイクが辺りを見渡すが、犯人の影はない。
周囲の人間はちらりと見ても、誰も手を貸さない。
それがこの街の“普通”なのだろう。
「ほっとくわけにもいかねぇよね。」
ダイスケが肩を貸して立たせる。
「あんた朝にもに言ったよな。もう無茶するなって。」
「うぅ……でも今回は、ほんとに儲かる話だったある……」
「はいはい、あとで聞くって。ほら立って。」
男の体は、やはり軽かった。
ダイスケたちはため息をつきながら、ギルド医務室へと向かった。
ギルド医務室。
「……身元が分かったわ。」
受付の女性職員が記録簿をめくる。
「名前はイェン。登録済みギルダー。来訪して二週間。
訓練を終えて、ついこの間独り立ちしてたみたいね。」
ナイナが眉をひそめた。
「どうして倒れていたのですか?」
「街の端で“儲け話”に乗って全財産を取られたそうよ。
でも証拠がない。警備団も動けないわ。」
マイクが唇を噛む。
「……放っておけないよ。」
その時、イェンが小さくうめいた。
「……助けてくれた、あるか……?」
ダイスケがため息混じりに笑う。
「あんた、ほんとに運がいいよな。二回も拾われるやつ、そうはいないよ。」
「運、あるある! でも金ないある!」
オリーブが苦笑しながらタオルを渡す。
「もう無茶しないでくださいね。」
「でも、恩返し必ずするある。次は絶対もうけるある!」
「……懲りてないな。」
ナイナが小声で言うと、マイクが肩をすくめた。
「まあ、生きて帰ってくるだけでも、立派だよ。」
窓の外では、灰色の雲が夕日に染まり始めていた。
街のざわめきの中、
イェンの寝息が静かに響いていた。




