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変わりゆく世界と拳の記憶  作者: Uta
灰の街にて
8/21

アーストの午後 ― 騙された男 ―

アーストの午後は、どこか焦げたような匂いがする。

鉄と油、薬草、焼いた肉の匂いが入り混じり、

その中にかすかに甘い香り――屋台で煮詰められた果実の香りが流れてくる。


ここは《グレン通り》。

街で最も賑わう取引の中心地であり、

ギルドや自警団の使者、職人、商人たちが絶えず行き交っていた。


ダイスケたちは、ギルドの依頼で薬草屋へポーションを引き渡しに来ていた。

午前の雑務を終えたあとの任務。

昼下がりの通りを、ガタガタと音を立てて台車を押していく。


「……にしても、重いな。」

「十五瓶もあるんだから仕方ないよ。」

「うっかり割ったらどうなるんだ?」

「給料一か月分が空に消えるらしいよ。」

「それ先に言え!」


マイクが苦笑して、ナイナの肩越しに荷を支え直した。

薬草屋の軒下は、乾いた草の香りと薬液の匂いでむせ返るようだった。


「ギルドからか?」

老薬師が顔を出す。

「はい。依頼番号二一八、ポーション十五瓶。」

「そこに積んである。命の値段が詰まってる。気をつけな。」


「命の値段……か。」

ダイスケが小さく呟き、受領のサインを終えようとしたその時だった。


――「だ、誰か! 助けるある!!」


広場の端で、騒ぎが起きた。

人々がざわめきながら道をあける。


「またですか……」

ナイナがため息をつき、ダイスケが顔を上げる。

「“また”ってことは――」

「ええ、今朝も似たようなことあったでしょ?。ほら、あの……」


そこに倒れていたのは、

つい早朝、医務室で彼らが介抱した男だった。


「……あんた、またなのか。」

思わず漏れたダイスケの声に、オリーブが駆け寄る。


イェンは泥と埃にまみれ、腹を押さえていた。

「だ、だまされたある……うまい話、信じたある……」

「もう…そんなうまい話し…」

ナイナが呆れたように呟く。

「懲りない人ね。」


マイクが辺りを見渡すが、犯人の影はない。

周囲の人間はちらりと見ても、誰も手を貸さない。

それがこの街の“普通”なのだろう。


「ほっとくわけにもいかねぇよね。」

ダイスケが肩を貸して立たせる。

「あんた朝にもに言ったよな。もう無茶するなって。」

「うぅ……でも今回は、ほんとに儲かる話だったある……」

「はいはい、あとで聞くって。ほら立って。」


男の体は、やはり軽かった。

ダイスケたちはため息をつきながら、ギルド医務室へと向かった。


ギルド医務室。


「……身元が分かったわ。」

受付の女性職員が記録簿をめくる。

「名前はイェン。登録済みギルダー。来訪して二週間。

 訓練を終えて、ついこの間独り立ちしてたみたいね。」


ナイナが眉をひそめた。

「どうして倒れていたのですか?」

「街の端で“儲け話”に乗って全財産を取られたそうよ。

 でも証拠がない。警備団も動けないわ。」


マイクが唇を噛む。

「……放っておけないよ。」


その時、イェンが小さくうめいた。

「……助けてくれた、あるか……?」

ダイスケがため息混じりに笑う。

「あんた、ほんとに運がいいよな。二回も拾われるやつ、そうはいないよ。」

「運、あるある! でも金ないある!」


オリーブが苦笑しながらタオルを渡す。

「もう無茶しないでくださいね。」

「でも、恩返し必ずするある。次は絶対もうけるある!」


「……懲りてないな。」

ナイナが小声で言うと、マイクが肩をすくめた。

「まあ、生きて帰ってくるだけでも、立派だよ。」


窓の外では、灰色の雲が夕日に染まり始めていた。

街のざわめきの中、

イェンの寝息が静かに響いていた。



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